てまり飴
ある日のまだ太陽が天に昇ってる午後の事、紅次郎は到底似つかわしくない可愛らしい包みの小さな紙袋を持って愛らしく愛おしい紅次郎にとって大切な人の待つ屋敷へと向かっていた。
その可愛らしい包みの中身は出かけた先で見つけた手毬飴だ。
屋敷へ着き、紅次郎は無駄に厳重で難解なロックを慣れた手つきで解錠し、中へ入ると一目散に愛おしい子が待っているであろう寝室へと向かった。
いや、待っているではない。
寝ている、だ。
紅次郎がクーラーの効いた程よく涼しい寝室へ入ると、案の定愛おしい子……蒼空がベッドの真ん中で丸くなって寝ていた。
そんな蒼空のために職人に作らせた寝具はどれも肌触りが良く、まるで雲の上に浮かんでいるようにふわふわと柔らかいマットレスに敷いてあるシーツは上質なシルク。蒼空を包む布団は羽根のように軽く、抱き枕のように抱きしめてるタオルケットは赤子の肌にも優しい綿100%の良質なモノだ。
そのベッドの上ですやすやと気持ちよさそうに眠る蒼空の愛らしさに、紅次郎はいつもの威厳ある顔つきは何処へやら。
締まりのない、蒼空だけに向ける愛おしさの詰まった顔つきで蒼空を見つめた。
あぁ、なんて可愛いんだろう。
白く細い手脚も、不揃いだがとても綺麗な髪も、愛らしいまだ幼さの残る顔も、その全てが愛おしくてたまらない。
少しずつ、少しずつゆっくりと蒼空の歩む速度で心を開いているのをひしひしと感じ取っている紅次郎は、それすらも愛おしくてたまらないのだ。
締まりのない顔で紅次郎は蒼空の背中側のベッドの端に腰を下ろし、蒼空の顔の近くに手をついて先ほどよりも近くで愛おしい蒼空を見つめたが紅次郎が手をついた事によりベッドが深く沈み込み、蒼空の顔がゆっくりと傾きかすかに瞼が震えた。
そして、ゆっくり開いた蒼空の眼が紅次郎を捉えた。
「起こしちゃったかな?」
紅次郎が身体を支えてる方とは逆の手でそっと怖がらせないように蒼空の頭を撫でると、蒼空はぴくりと小さく肩を揺らして目を閉じてしまった。
そんな蒼空を見てやってしまったと思った紅次郎は手を引き身体を離したが、そんな事は見当違いだったようで寝返りをうった蒼空が紅次郎のすぐ近くに身体を寄せたのだ。
「もーちょっと、して」
普段、ワガママという遠回しな甘え方をする蒼空の滅多にない直接的な甘えに、紅次郎はただでさえ緩んでいる顔を更に緩めてふわふわと蒼空の髪の感触を楽しむように撫で、そのことに満足したのか蒼空は顔を更に紅次郎に近づけて目を閉じた。
しばらくそうして紅次郎が撫でていると、蒼空は眠くなってきたのか脚を曲げて紅次郎の身体に沿うように丸くなって眠る体勢になった。
「ここで寝ると落ちちゃうよ」
よしよしと撫でながら話す紅次郎に蒼空からの反応はなく、仕方ないなと思い紅次郎はそっと抱き上げてベッドに上がった。
薄汚く牢獄の様だった地下から救い出して早1年。
あの頃よりもいくらか肉付いてきた蒼空だったが、まだまだ軽く体力もそれほどついてない為に疲れやすく1日の大半を寝て過ごしているくらいだ。
それでも、毎日の様に蒼空と真摯に向き合ってる紅次郎にとっては少しの変化でさえ幸せなのだ。
ベッドの真ん中に蒼空を寝かせようとした紅次郎だったが、蒼空が紅次郎の首に腕を回して抱き着いた事により叶わず仕方なく紅次郎は寝かせることを諦めてベッドに座り、膝の上に蒼空を乗せた。
「この体勢じゃ寝辛くない?」
「ねない」
そう言いながらも眠そうに目を擦る蒼空に紅次郎はそっと手を止めさせた。
「あまり擦っちゃダメだよ」
にっこりと紅次郎が微笑みかけると、蒼空は不満だったのかむすっと膨れてしまった。
拗ねさせてしまったか、と思った紅次郎は蒼空のご機嫌とりに何がいいかと思考を巡らせ、ふと蒼空にと手土産を買って来ていたのを思い出した紅次郎は可愛らしい小さな包みの紙袋の中から瓶詰めされている手毬飴を取り出した。
「それなに?」
紅次郎の持つ手毬飴に興味津々なのか、蒼空はカラフルで可愛らしい見た目の手毬飴をじっと見つめながら首を傾げた。
「手毬飴だよ。食べるかい?」
瓶から一粒取り出し紅次郎は蒼空の口元に飴を持っていくが、蒼空は顔を引いてそれを拒んだ。
それでも興味はあるのか、目は離そうとしなかった。