迷子のお姫様と王子様


新入生が入学して間もなくの頃、少しずつではあるが新生活に慣れ始めた頃の事だった。
肩まで伸びたミルクティー色の髪をした真新しい制服に身を包んだ生徒が廊下の真ん中で立ち止まり、キョロキョロと辺りを涙目になりながら見回していた。
広くて広大な校舎だ、まだ入学したての新入生には迷路のようにも感じるのであろう。

そこへ落ち着いたグレーの髪で、顔が左半分しか見えていない男の生徒が迷子の新入生の元へと近づいて行く。
制服の着こなしや胸元のバッチの色により、最高学年である事が伺える。


「どうしたの?」
「あっ……えっ、と……」


突然話しかけられ、ビクリと肩を揺らした男の子……桑名(くわな) 嘉純(かすみ)は声の主をちらりと見上げるとすぐにうつむいて視線を彷徨わせた。
嘉純は極度の人見知りなのだ。

双子で天真爛漫な弟の和泉(いずみ)とは真逆で、物静かでおとなしい性格の嘉純は極度の人見知りで、知らない見ず知らずの人とはろくに言葉を交わすことが困難なのだ。
和泉と一緒にいる時は和泉が先陣を切って先へ先へと進むのでそれについて行くだけでいいので、余計に人見知りに滑車がかかったのであろう。


「うん?」


一方のダークグレーの髪の男、藤井(ふじい) 霧人(きりと)は嘉純の事を優しく見守っていた。
可愛らしく女の子の様な見た目の嘉純だが、制服は男の物でスラックス姿で霧人は一気に興味を示した。

仲良くなれれば、と。
もしかしたら一目惚れなのかもしれない、と。


「道、分からない……です」


ボソリと俯きながら呟いた嘉純の声を聞き逃すことなく聞き取れた霧人は内心、心をトキめかせながらふわりと嘉純の頭を撫でた。
すると嘉純はビクリとまた肩を揺らし、驚いた顔で霧人を見上げた。

俯いていた嘉純には急に来たふわりとした重みは想像していなかった為、驚いたのだ。
家庭環境はいいとは言えない為かあまり撫でられた経験が無いからこそ、余計に驚いたのかもしれない。


「あ、の……?」
「あぁ、ごめんね。びっくりしたよね」


サッと手を引き、人当たりのいい笑みを浮かべた霧人に、嘉純はドキリとした。
初めてちゃんと見た霧人の顔が、嘉純の心を惹き寄せたのだ。
格好良い人だな、と。


「どこに行きたかったの? 俺でよかったら案内するよ」


嘉純と目を合わせる様にかがんで微笑む霧人に、嘉純はスッと目を逸らした。


「教室、だけど……あの、だいじょーぶ……です」


少しずつ俯きながら後ずさりして拒絶をする嘉純に、大きな荷物を持って前が見えていないであろう生徒が近づいて来ていた。
それに気付いた霧人は「危ない」と言って咄嗟に嘉純の手をとって自分の方へと引き寄せて抱きとめた。


「わっ……あ、の……?」
「うん、ごめんね? 危なかったから」


2人の隣を通り過ぎる生徒を見届けながら霧人は嘉純をふわりと撫でた。
前が見えない程荷物を抱えている生徒が通り過ぎたのを確認すると、霧人は嘉純をそっと離して大丈夫かと顔を覗き込むと、リンゴの様に赤くなって唇を戦慄(わなな)かせていた。

パクパクと金魚の様に口を開けたり閉じたりしている嘉純に、霧人はくすりと笑った。


「ふふっ、大丈夫?」
「だ、だいじょーぶっ」


心配そうに顔を覗き込んでくる霧人から逃げる様に慌てて離れた嘉純は足が縺れて、何もないところでつまづいて身体が後ろへ傾いた。
そんな嘉純の腕を咄嗟に掴んで倒れるのを防いだ霧人は、今度は抱き留めることなく嘉純をまっすぐ立たせたら自ら離れた。


「あ、ありがとう……ござい、ます」
「どういたしまして」


恥ずかしそうにお礼を言う嘉純に、霧人はにっこりと微笑んだ。


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