愛しい子 食べさせあいながらも一緒に夕飯を食べ、和泉が食器を洗うのを横目に見ながらソファに寛いで特に見たい番組もなくただ適当につけたテレビを見ていると、流しの水を止める事なく和泉がふらふらと近づいて来て無言のまま抱きついてきた。 抱きつくと言うよりもしがみつく、の方が合ってるかもしれない。 「和泉? どうした?」 一言も発せず、ただ離すまいと腕に力を入れて俺に抱きついてる和泉の背を撫でながら問う。 すると、和泉は聞き取れるか否かの小さく掠れた声で「ぼくの」なんて言って更に腕に力を込めた。 「ぼくの……だもん」 今にも消えそうな微かな和泉の声をテレビの音が掻き消しそうで、テレビを消してしまいたい衝動に駆られるが和泉が腕の力を込めるものだから叶わず、聞き逃すまいと耳の神経を集中させて和泉の声を聞き取る。 「そうだな」 なにが、とは聞かない。 否、聞けない、の方が正しいのかもしれない。 ぼくのぼくの、なんてうわ言の様に言い続ける和泉にはきっと俺の声は届いてない。 それでも俺は和泉の声に耳を傾け、届いていないであろう相槌をうつ。 「どっかいっちゃやだ……おいてかない、で」 「どこにも行かねーし、側にいる」 「ぼくだけの、だもん」 なにに魘されてるのか、なにが和泉の不安を掻き立ててるのか分からない。 それでも必死に逃がすまいと、離すまいと俺にしがみついてる和泉を安心させるように背を撫でて、定型文のような言葉を紡ぐしか今の俺には術がない。 侑亜なら、と考えてからそれ以上考えるのは見当違いだと思いやめた。 今は俺までダメになるわけにはいかない。 「ひろ、ぼくの」 「ん、そうだな」 ぽんぽんと背中を撫でながら和泉が話をできるまで落ち着くのを待つ。 しばらくすると、落ち着いてきたのか俺を抱きしめる力が緩んで僅かながらに解放された。 このタイミングを待っていた俺は落とさないように和泉の背中を支えるとリモコンを手にとってテレビを消した。 しんと静まり返るリビングには蛇口からジャージャーと止まることなく流れ続ける水の音だけが響いていた。 「和泉? なんかあった?」 俺は和泉が話しやすいように優しく問いかけながら髪を梳くように撫でる。 それでも和泉は、顔を横に振るばかりで何も話そうとしない。 こういう時、侑亜ならなんて声をかけてやるんだろうな……なんて。 きっと、和泉が話したくなるのをじっと待ってるんだろうな。 俺は侑亜ほど気は長くない。 だからいつもいつも、和泉の事を泣かせてばかりなんだろう。自分でも自分が嫌になる。 「侑亜になら、話せるのか?」 「…っ、」 自分でも驚くほど、びっくりするぐらい冷たくて低い声が出た。 俺に抱きついてる和泉がビクリと肩を揺らすほど、なんの感情も込もってない……冷たく、突き放すような声だ。 なんでこんな和泉を泣かせるような声を出したのか分からない。 別に、突き放したいとも思わないし、なんならずっと腕の中に閉じ込めておきたい程愛おしい存在だ。 もしかしたら、俺の心の中をかき乱す悍ましい、醜い感情がこうさせているのかもしれない。 愛しているのに、素直に……純粋に愛せない自分が憎い。 「行ってこいよ」 「ひ、ろ…?」 「侑亜なら、和泉の思ってること分かってくれるだろ? 俺じゃお前のこと、なんにも分かってやれないからな」 「………や、だ…ぁ……っ、グスンッ」 こんな事言いたいわけじゃないのに、和泉を泣かせたくないのに俺の口は思ってる事と真逆の言葉を紡ぐ。 泣きたいのは俺の方だ、なんて言葉が喉まで出かかってなんとか飲み込んだ。 [1/3] |