悪夢に魘されて。 朝起きると隣に和泉の姿がなかった。 朝飯でも作っているのかと思いリビングへと行くと、和泉はソファの上で丸くなって座っていた。 「早いな、和泉」 俺がそう言いながら近づくと、和泉はのっそりと顔を上げた。 その和泉の顔に涙の跡があったのが少し気になったが、それよりも先にさっぱりしたい気持ちが勝ったので和泉の頭を撫でながら『ちょっとシャワー浴びてくるから待ってろ』と伝えて浴室に向かった。 そして軽くシャワーを浴びて出てくると、テーブルの上にポツンと珈琲の入ったマグカップが置かれていた。 それを手に取って飲みながらソファにいるはずの和泉を見ると、なぜかソファから離れた部屋の隅で大きめのクマのぬいぐるみを抱きしめて座り込んでいた。 そして、遠目からでもわかるほど拗ねていた。 ……俺、何かしたか? マグカップを机に置いて、俺は拗ねてる理由とご機嫌取りをする為に和泉に近付いて行く。 だが、和泉は俺が近付くたびにぬいぐるみを抱く力を強めて小さく小さく丸まろうとする。 「なんで拗ねてんだよ、和泉」 「……拗ねてないもん」 なんて言いながらも明らかに拗ねた口調の和泉。 そんな和泉が抱きしめているぬいぐるみは、強い締め付けにより形を変えつつある。 「だったらこっち来いよ」 「やっ」 しばらくの間、こっち来いよ、いやだ、何拗ねてんだよ、拗ねてない、の永遠と終わらない攻防を続けていた。 このまま問答無用で近付けば、和泉はぬいぐるみを抱いたまま逃げ出して寝室に籠るだろうし……そうなればこちらから何をしても聞く耳を持ってくれなくなる。 かと言って、なにもしないわけにはいかない。 それは俺が耐えられない。 理由を聞かない限りはどうしようもないが、今の現状何もできないことにイライラとヤキモキとした感情が募る。 俺にどうしろってんだよ……わけわかんねぇ。 「なぁ和泉、マジでどうしたんだよ? 俺、なんかした?」 「もーいいもんっ。知らないっ」 「話してくんねーと分かんねぇだろ?」 「言わない!」 ずっとこんな調子じゃ埒が明かねえよな。 なんとかして聞き出したいが、そのすべが今の俺にはない。 マジでどうしたらいいんだよ……教えてくれよ。 「…………ひろ、は……ぼくより、ぬいぐるみの方がいい、んでしょ……?」 「んだよそれ……なんでそうなるんだよ」 意味分かんねぇ。 ぬいぐるみの方がいいのは和泉の方なんじゃねーの? 現にぬいぐるみを抱いて離さないのは和泉の方だし……なんなら俺はそのぬいぐるみに醜くも嫉妬してるぐらいだ。 「渡さないもん……あげないっ」 なんて言って和泉はぬいぐるみを更にきつく抱きしめて俺に背を向けた。 そろそろ俺も限界なんだけどな。 俺は床に腰を下ろして拗ねてる和泉を見ながらこの状況を考えることにした。 和泉は何故だか知らないが拗ねてる。 ものすごく拗ねてる。 昨日の夜はあんなにも機嫌がよかったのにな。なんでだ? それで、俺は和泉の拗ねてる原因が分からなくてこの有り様。 「俺にどうしろってんだよ」 くしゃりと髪を掻き乱しながら思わず漏れた言葉。 俺、なにかしたか? してないよな? したことといえば、ソファにいた和泉を撫でてシャワー浴びに風呂に行ったぐらいだぞ? 「……もういい」 ぐるぐると状況を整理しながら考えていると、そんな和泉のか細い声が聞こえてきた。 その声に反応しようとしたら、今度は肩を震わせながら啜り泣きだした和泉。 泣かせるつもりなんてこれっぽちもなかったのにこのザマだよ。 ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱しながら俯いて自暴自棄になりかけてると、ふと思い出した。 そういや和泉……シャワー浴びに風呂に行く前に見たとき、泣いた痕跡あったよな? でも、何で泣いて…… 「……もしかして和泉、怖い夢でも見たか?」 これしか考えられない。 そう思い、髪を掻きあげながら和泉を見つめれば和泉は肩をピクリと揺らした。 [1/2] |