なにしてるんですか、人の家の前で
あの厳しい練習もない久々の休日。今までのオレだったらもうずっと寝て過ごす。それこそ母さんに叩き起こされるまで寝てた。
毎日夜遅くまで練習練習の日々だったのだから当然と言えば当然なのか。だが今のオレは以前のオレとは違う。
大きく伸びをしてカーテンを開ける。弟の旬が眩しそうに眉を潜めた。あれ、こいつ今日練習試合があったんじゃなかったのか?まぁどうせ暫くしたらお母さんが起こしにくるか。
良く晴れた青い空。小鳥たちの囀りが心地良い。こんな素晴らしい日には愛しの彼女を起こしに行くに限る。朝から寝起きのれんかに会えると思うと胸の高鳴りが抑えきれない。
待っててくれ、れんか。今すぐ行くからな。
道中まだ早い時間にも関わらず犬の散歩をしている老人に出会った。
「おはようございます」
「お、おう……おはようさん」
「ワンワン!」
挨拶をすると何故か老人はオレから距離を置かれた。
オレのテンションがマックスの可笑しかったからなのか、見てはいけないものを見てしまったとばかりに足早に去ってしまった。だが、そんなことは気にしてなんていない。何故なら今のオレは最高に機嫌がいい。
鼻歌交じりで暫く歩くと目の前にはオレの愛しのれんかの家。こっそりと作っておいた愛(合)鍵を使い家に侵入……しようとしたが何故か扉が開かない。どうしてだ。
***
「やっぱり来た……」
阿部くんに気付かれないよう、こっそりと窓から必死に扉を開けようとしている様子を見下ろす。
(気付いていないようだけど親に無理を言って鍵を変えて貰っているんだから開くはずないんだから)
なかなか開かないことに首を傾げながら格闘を始める。鍵を使い何度もノブをガタガタと回す。
ガタガタガタガタ
ガタガタガタガタ
(怖い……)
狂気じみた様子に私は顔を青くする。何度やっても開くはずなんてないんだから諦めてもいいのに。
こういう時だけ粘り強さを発揮しなくてもいいと思ったが、よく考えたら普段から粘っこかっ……あ、目と目が合ってしまった。
誰と?阿部くんと。
目と目が合う瞬間好きだと気付かないけれど彼は嬉しそうに笑った。
「マイスウィートハニー、このオレたちの逢瀬の邪魔をする憎き扉を開けてく……」
「お断りします」
間髪いれずに彼の申し出を却下する。バレた時点でこの流れになるのは分かっていたからこっそり覗いていたのに。自分の迂闊さに目眩がする。
「れんかはオレのお前に対する愛の深さを試しているんだろう?」
床にへたり込み頭を抱える私に阿部くんは嬉しそうな声で言った。
「私は試してないし、望んでもいません」
「ハニィィ」
ガタガタと鳴り止まない扉を開けようとする音。
「ご近所迷惑だからさっさと消えて……」
「ハニィィ」
ガタガタガタガタ
それでも鳴り止まない。これは開くまで続く、そう確信した。
「うわあああ」
私は震える手である人たちに連絡を取り、家に来てくれるまでの間頭を抱えることしか出来なかった 。
私を助けに来てくれた人たち――……西浦高校野球部(阿部くんを除く)にお礼のお菓子や飲み物を差し入れして逆に、お礼を言われたり迷惑かけたなと私を労る言葉を掛けられるのはまだ少し先のお話。
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