抱き着くな!そして近付くな!
 
阿部君はそろそろ本気でなんとかしなきゃいけないところまで来ている気がしてならない。いや、本当に。
 

「藤原れんかはオレの嫁…うぉぉぉ」
 
グッと拳を固く握り熱く語る阿部くんに冷めた目をしてチョップする泉くん。あの、あなたの思っている事は手に取るように分かるのですが、それを見ている私たちが怖いのでちょっと抑えてもらえませんか。水谷くんなんて若干泣いてるから。
 
「はいはい。阿部は疲れてるんだよな…少し休め」
 
泉くんの背後で倒れている阿部くんに言葉を掛ける。……絶対聞こえてないよ、それ。
 
「いや、打ち所悪いと一生寝たままなんじゃ…」
 
そう言って身体を震わせ涙目になりながら阿部くんを指差しす水谷くん。なんだかんだ言って彼は優しい。それが長所でもあり短所でもあるんだけど。
 
「え、何か言ったか水谷」
「イエ、ナンデモナイデス」
「何もないなら良いんだよ」
 
さらりと先程のやり取りがなかったかのような笑みで泉くんは言った。
 
助けてもらっておいてなんだけど、少々やり過ぎなのではと思った。
 
[まあこのくらいやってもいいんじゃなーい?]
 
私の中の悪魔が囁いている。
 
[なぁ、れんか。このくらいならヤツ(阿部君)は死なないさ。なんならもっとやっても良いくらいだ。……そう思わないか?]
 
 
思う……。
私は以前の奇行の数々を思い出していた。それはちょっとヤバいんじゃないのかっていうのも暫くするとけろりとしているのできっと今回も大丈夫なのかな……
 
[ちょっと、悪魔止めなさいよ。れんかちゃんをそっちの道に巻き込まないで頂戴]
 
いつの間にやら天使まで出てきた。というか私の脳内そろそろヤバいんじゃないのか。普通天使やら悪魔やら出て来ないでしょ。私疲れてるのかな。
 
[れんかちゃん、聞いて?ちょっと彼はアレでおかしいと思うけど普段は(きっと)真面目なのよ…それに変になってしまうのはれんかちゃんが好きだから少し緊張しているだけなのよ。]
 
何気に失礼な事を言っている気がするのは果たして気のせいなのだろうか。
 
[でもね、一つだけ注意しておいてね。]
 
そう言ってズイッと近付く天使と悪魔。
 
"ヤツはただじゃ転ばないよ"
 
それを聞いた瞬間私はぶるりと身体を震わせた。いやいやいや、これは振り返っちゃいけないやつだ。嫌な予感しかしないやつだよこれ。振り返ったらもう後には戻れないよ。私の思い過ごしであってくれ。お願いしますお願いしますお願いします。
 
「阿部隆也死の淵より復活」
 
当たっちゃったよ、私の予感。もう本当になんなのこの打たれ強さ。呆れ通り越していっそ尊敬するよ。泉くんなんか舌打ちしてるし、水谷くんに至っては話について来れなくて固まってるしでもう本当になんだこれ。
 
「ギャー!どさくさに紛れて抱き着くなあああ」
「良いではないか良いではないか」
「良くないわ!」
 
結論:阿部くんは多少の攻撃では倒れない。彼には全力でやってもまたすぐに立ち上がるので心配は必要ない。
 
「いい加減離れなさーい!」
「グハッ…今の良いパンチだったぜれんか…」
 
がくりと大袈裟に床に倒れる。私たちはそれをどうせ暫くしたら起き上がるのだろうなと冷めた目で見ていた。



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