これが俺達のアイシカタ





3人の様子が可笑しいんだ。

それは誰から聞いたものだっけとか、思い出す事も今は難しくて。
ただただ目の前で起こっている現象を否定するのに必死だった。


「赤也?どうしたんだこんな時間に」


忘れ物をしたからと取りに戻った夜の学校。
時間は既に10時をまわっていて、校内には誰もいなかった。
忘れ物を取って早々に立ち去ろうとしたのだが、家庭科室から漏れている光を見つけた赤也は好奇心に負けて教室内を覗いたのだ。

そこにあったのは驚くべき光景だった。


血に濡れたテーブルと何かの肉に突き刺さった包丁。
そして見覚えのあるジャージを着た褐色の肌。
それは紛れもなくジャッカル桑原のものだった。

その中に何をするでもなく立っている男。

男の後ろ姿はよく知っているもので、赤也は息を呑む。

「柳、先輩…?」


呟いたと同時に持っていたゲーム機が落ちてしまった。静まり返った廊下にその音が響く。
それに気付いて振り返った柳は廊下から中を見ていた赤也を見つけて別段驚くでも焦るでもなく先の言葉を言ったのだ。

「どうしたんだ、こんな時間に」と。

目の前に仲間の死体があるにもかかわらずだ。

赤也は背筋に嫌なものが走るのを感じた。それでも下手に刺激したくなくてその問いに答える。

「ちょっと忘れ物をして…先輩こそ」

「俺?俺は愛してたんだよ」

愛…?何を言っているんだこの人は

「大好きなものだから離れてしまわないように、な」

笑顔を浮かべながら続ける柳に、赤也の頭の中で警報が鳴り響く。

―――逃げろ、と。

それでもすくんでしまった足はその場から動かずただ立ちすくむしか出来なくて、そんな赤也に柳は更に続けた。

「どうしてこんなに悲しくなるのか考えたんだ。どうしてこんなにさみしい思いをするのか考えたんだ。そして俺達は漸く答えを出した」

微笑みがいっそう深くなる。

「一緒になれば、何も悩む事はないだろう?」

柳の開かれた瞳の奥に狂気の色を見つけて、そこでやっと赤也は廊下を駆け出した。

あの人は狂っている…!

家庭科室から足音が追ってきていなくても、その足を止めようなんて考えられず、ただ精一杯足を動かす。

玄関を飛び出して校門へ向かう途中で、赤也は突然肩を掴まれた。

それに対して、赤也はおもいっきりその手を振り払う。しかし、それが叶うことは無かった。
肩を掴んだ主は赤也以上の力の持ち主だったからだ。


「赤也…!ちょっと待ちなよ!」


「え、あ、幸村部長…?」


叫びそうになった声を何とか飲み込んで、相手に向き直った赤也は、その人物の名前を紡ぐ事が精一杯だった。


「こんな夜に泣きながら…何かあったのかい?」


幸村にそう指摘された赤也は、驚いて自分の顔を指で触れる。そこは湿っていて、初めて赤也は自分が泣いている事に気が付いた。


「赤也…?」


呆気に取られている赤也に幸村は呼び掛ける。
その途端、今まで押し殺していたものが溢れだした。

「部長ジャッカル先輩が…!柳先輩があ…っ!!」


幸村の胸に頭を押し付けながら涙をこぼす。
それは止まる気配を見せなかった。


「蓮二と、ジャッカルがどうしたんだい?」


泣き喚く赤也の頭を撫で、あやしながら優しく尋ねる。


「柳、先ぱが…!ジャッカル先輩のこと殺っ、うっ…してて…!」


「蓮二、が?」


幸村の声を聞いて顔を上げた赤也の目に信じられないというような幸村の顔が映った。


「本当なんスよ!本当なんス…!!」


信じてくださいと、ただそれだけを繰り返す赤也。
そんな赤也を見て、幸村は少し悩んだ後「わかった」と呟いた。


「それが事実なら、俺はあいつの所に行かなきゃならない」


それを聞いて目を見開いたのは赤也だ。


「そんな!危ないっスよ!」


「あいつを止めるのは俺の役目だ」


親友なんだから。

そう言われてしまえば、赤也に出来る事など何もない。
しぶしぶ頷いた赤也に幸村は嬉しそうに笑った。

何故かそれを見て怖いと思ってしまった赤也はそんな気持ちを振り払うように首を横に振る。


「赤也?」


赤也の行動を妙に思った幸村に何でもないと返した後、赤也は幸村を家庭科室へと案内したのだった。




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