都合のいい推測




結局その日はなかなか眠ることが出来ず、翌日の朝はいつものように朝練にギリギリ間に合うかどうかという時間に家を飛び出す事となった。
案の定寝坊したのである。

滑り込みで部活に参加した赤也は他の者から「珍しい」とでも言うかのような視線を送られ居たたまれない気持ちになった。

そんな視線から逃げるように柔軟に専念していると、視界の端に青色の髪が映りこむ。

「やあ赤也」

「あ、幸村部長おはよーございますっ」

声をかけられたので軽い挨拶を返すと「おはよ」という声が笑顔と共に降ってきた。
優しい声色の中に見え隠れする黒さが怖い。
どうやら滑り込み参加がいけなかったようだ。いやそりゃダメだけど。

「今日は珍しいね、赤也が金曜日にギリギリだなんて」

口元に手をあてながらフフッと笑う彼を見て、昨日自分が立てた推測が恐らく事実なのだろうと悟る。

自分がいた世界が別にあるとするなら、その世界の自分はいつもいつもこんな感じだったのだから。
こんな風に「何曜日は絶対遅れない!」なんて日は無かった。

「ちーっす。ちょっと寝坊しちまいまして…」

部長に不信感を与えない為にもと話を合わせる。
頭を掻きながら苦笑いすれば彼はそれを信じてくれたようだ。
呆れたような言葉が続けられる。

「まったく仕方ないなあ、赤也は」

蓮二今日待ってたみたいだぞ?
そう続けられた言葉にきょとんとしてしまった。

どうして柳先輩の名前が出るんだ?

疑問に思ったのがそのまま首を傾げるという行動に移ってしまう。
それを見て部長は何を勘違いしたのか続けた。

「今日、蓮二も遅くてね。いつも来る時間に赤也が来なかったんだって言ってたよ」

金曜日の鍵当番は彼なのにねと笑う部長を見てもどうにも理解出来ない。

金曜日の鍵当番を柳先輩がしていたのは知っていた。それは自分の世界でも一緒だった。風紀委員の活動とか何とかで真田副部長が鍵を開けることが出来ないからだ。

でもその日に共に登校だなんて俺には出来なかった。

何の理由もないのにそんな申し出をするだなんて不自然だし、何より断られる可能性の方が断然高いからだ。
それをこの世界の自分はしていたというのだろうか?
その覚悟に拍手を送りたくなる。

そういえば、考えてみるとこの世界の自分はやけに積極的だ。
帰宅を柳先輩と共にしてたり、同じ写真に写っていたり(それも背景は学校やテニスコートではない)、決まった曜日に共に登校していたり。
恋人であれば自分も出来るが普段の彼をそこまで誘うだなんて余程の勇者だと思った。

…恋人?

頭に出てきた単語を繰り返してまさかと思う。

この世界の自分は柳先輩と付き合っているのか…?

「…なーんてな」

なんて都合のいい解釈だと直ぐにその考えを棄てた。

「あのさ、赤也聞いてるかい?」

「え?!」

考えに没頭し過ぎていた赤也は見事幸村の話を聞き流していた為、朝練が終わるまでの間腕立てを命じられたのだった。