知らない







慌てて振り返った赤也の目に映ったのは驚いた表情を浮かべている見知った人物だった。

「どうした赤也。まだ補習プリントが終わらないのか?」

その言葉を聞いて机の上に目を向けると、見覚えのないやりかけの英語のプリントが置かれていた。それを見つめているとすっとそれが目の前から消えて、いつの間にか此方まで来ていた彼の手の中に収まっている。

「柳、先輩…」

俺がそう呟くと、プリントに目を通していた先輩と目があった。

「何だ?」

首を傾げるその人に、何も言うことが出来なくてただやってもいないプリントについて「あってますか?」と尋ねることが精一杯だった。
赤也のただ場をかわすためだけの問いかけに、柳は顎に手を添え「ふむ…」と考え込む仕草をする。

「いい感じに出来てるぞ、頑張っているな赤也」

くしゃくしゃと頭を撫でられた。他の人にされるとムカつくそれも、この人にされるのは嬉しく感じる。
それは赤也自信が柳に恋をしているからなのだろう。その伝えることの出来ない気持ちを抱えながら、赤也はそれを大切にしてきていたのだ。

「ほらもう少し頑張れ」

そう言いながら前の席に腰を下ろす柳を見て赤也は首を傾げる。時間的にはもう部活が始まってしまうというのに大丈夫なのだろうか。

「え、あの先輩部活はいいんですか?」

そう言った俺に柳先輩は少し困ったような顔をしたので、俺は少しばかり罪悪感を感じた。

「今日の部活は業者がグラウンド整備をするから休みになっただろう。それに―」

お前が一緒に帰ろうと誘ってくれたのではなかったか?

呆気にとられた。そんな勇気自分にはないのだ。そんな事出来るはずがない。
戸惑う赤也を見て小さく笑いながら柳はプリントに目を落とした。

「覚えていないなら構わない。ただ帰りは一緒に帰ろう」

俺に確認をとる彼からは、何時もとは少し違った温かさを感じて「ウィッス」と小さく答えることしか出来なかった。