籠の中の愛





閉じられた扉と冷たいコンクリート。

薄暗い部屋を、天井近くに備え付けられた小窓から差し込む太陽の光だけが照らしている。
辺りを見ても今いる場所がどこかなんて判断は付かなかった。1つ分かるのは、この建物が人気の少ない所に建てられているだろう事だけ。
俺がそう考える理由、それはまだ昼間であるはずなのにいくら声を荒げてもそれに気付く者が誰1人としていなかったことにある。
それでも諦めきれなくて、助けを求め続けたのだけれど。残念な事にそれは結果として俺の咽喉を潰すこととなった。
少しでも音を出そうとすればズキリと喉元が痛む。
それに加えて、床に触れている頬も痛い。

俺をここに閉じ込めた彼は、歪んだ微笑みを浮かべながら楽しそうに拳を奮った。

赤く腫れているだろう頬は時間が経った今でも熱を帯びているようで、それがコンクリートの冷たさを余計に感じさせる。
そこから離れようにも、縄によって自由を奪われ後ろに纏められてしまった腕ではままならず、結局俺はそのままの体勢を維持することしか出来なかった。

「蓮二」

ギシと扉が音を立てたと思えばよく知った声が耳に届く。
ふと目だけを動かして声の方を見れば、想像通りの姿がそこにはあった。

「せ……、ち」

「無理しなくていいよ」

音も無く近付いてきた精市が、そっと俺の隣にへと腰を下ろす。次いで伸ばされた精市の手が殴られた側とは別の、反対の頬を優しく撫でた。俺よりも少し高い体温が心地よい。

「ねえ、蓮二。今日はいい子にしてた?」

暫く微笑を浮かべながら俺の頬を撫でていた精市だったが、ふとその手を止めたかと思えばそんな風に言葉を投げ掛けて来た。

しかし、俺はそれに答える事が出来ない。

「大人しく待っていてくれた?逃げようなんて考えてないよね?これは蓮二のためなんだから」

流れるように紡がれる言葉を受け入れる事も出来ず、俺はただ呆然と精市を見るだけとなる。

「…また、逃げようとしたの?」

精市から温もりが消えた気がした。

背中に嫌なものを感じて身構えたが、それはもう悪あがきでしかなかった。
精市に髪を掴まれたかと思えばそのまま上にへと強制的に持ち上げられる。はっとした時には先程まで撫でられていた頬を殴られていた。その衝撃で口の中を切ってしまったらしく、口内に嫌な鉄の味が広がる。

「…っあ」

殴られたと同時に髪を放されたので勢いもそのまま床にへと倒れ込んだ。

「蓮二…。蓮二。ここにいなきゃだめだよ。ここは安全なんだ、外は危ないからここにいてよ」

そんな事を、まるで懇願するかのような調子で言いながら、近付いてきた精市は両手で俺の頬を包み込む。

目の前の精市の表情は酷く辛そうで、何も答える事が出来なかった。

そんな時、精市の歪んだ綺麗な瞳に映った俺自身と目が合った気がして、その顔が笑っているように見えたのは俺の気のせいだろうか。

与えられた痛みで頭がぼうっとしていた俺はそれ以上何も考えることが出来なくて。精市の「ゆっくりおやすみ、蓮二」という声を最後に、そのまま意識を失った。

END


狂っているのはどっちなのか

H24.02.01





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