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あなたの言う、幸せの夢


弦一郎は俺の手元を見て言う。
「テニス、するのか?」
俺はテニスボールを見た。
弦一郎は少し期待するような顔をした。
俺はぼんやりとボールを見やる。
何故か首を振っていた。
嘘なんて、ばれると思いながら。
「いいや、拾ったんだ。」
弦一郎は少しガッカリしたようだった。
俺は何だか少し後悔して、少しホッとした。
理由はない。
何だか、そう感じたのだ。
俺は弦一郎に言う。
「なぁ、」
弦一郎は俺の顔を見る。
俺は笑ったのだろう。
弦一郎の大きな目が、先程より大きくなったように見えた。


「俺がテニスしなくったって、好きになってくれるか?」


弦一郎は俺から目を離さない。
俺も放さなかった。
弦一郎は急に破顔したようにクシャリと顔を崩して笑った。
「そんな顔をするな、変な奴だ。」
笑いながら弦一郎はゆっくりと近付いて、俺が握り締めているテニスボールと俺の手のひらの上に手を置いた。
力を入れすぎて震えた手から力が抜けた。
「お前はお前だろう? 好きも嫌いも、何もない。 俺はお前に会ったのは初めてだけれど、嫌いじゃない。」
好きも嫌いも、概念すらない。
其れは弦一郎が付き合い始めて言った言葉。


唯、愛おしいばかりだ。


笑った顔を思い出す。
昔からこうだったのだろうか。
俺は弦一郎の顔を見ていた。

「俺、ずっと、ずぅっと、

声は何処までも響く、其れはきっと嘘だ。
多分、何も変わるまい。


「ずっと前から、お前に、弦一郎に会いたかったんだ。」



風が吹いて、二人の髪を揺らす。


弦一郎が、眉尻を下げて笑う。



「俺だって、蓮二に会いたかったさ!!」




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