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あなたの言う、幸せの夢


「蓮二!!」


名前を呼ばれて飛び起きた。
朝だという声に驚いておきたのだ。
バカみたいに寝坊したと気づいて慌ててベッドから降りようとして転がり落ちた。
何故かと言うと、何時もは足がつくので足を下ろそうとしたら、地面に足がつかなかったのだ。
慌てて起き上がると、肩に髪がサラリ、と落ちる。
顔をあげると、姉が含み笑いで俺を見ていた。
笑って出て行った姉を目で追った。
随分昔に思えるほどに、少し自分より背の高い姉。
昔は姉の方が大きく、俺は小さかった。
俺はいやな予感がして慌てて洗面所に走った。
顔をあげると、おかっぱに近い髪型の、小さな俺の顔があった。
俺は小さく戦慄いて、息を吐く。
叫びださなかった事を褒めてほしい。
そして眩暈が起きそうな気持ちの中、カレンダーを見る。
カレンダーの日付は引越ししたその日だ。
神奈川に引越しして、今日から小学校に向かうのだ。
俺はぼんやりとした面持ちで、母が用意した朝ご飯を食べ、昔気に入っていた服に腕を通した。
中学に入るまで着れていたのに、中学に入った途端すぐに小さくなって切れなくなった服。
如何してこの服が気に入っていたかは、忘れた。
俺は渡されたランドセルを背負って、外に出た。
多分この頃、俺はしょ気ていて、テニスボールすら触っていなかったように思える。
中学に行く前には、やっぱり諦め切れずにテニスボールとラケットを握って公園に毎日行っていた。
懐かしいな、とぼんやりと思いながら昨日の本の事を考える。
こんな事って、ない。
溜息をつく。
此れは唯の夢だろう。
きっと、そうに違いない。
其れならば、何をしたってかまわないだろう。
俺はそう思い、通学路から道をそれた。

向かう先は神奈川第一小学校。
ランドセルは重かったので、道の途中で置いてきた。
まぁ、帰り道に通る道に置いて来たので、大丈夫だろう。
などと夢だと決め付けながらも保守的な自分に苦笑する。
ランドセルと別に持ってきた財布でバスに乗り、ついに目的地にたどり着いた。
中学になればこの程度の距離、何てことないのだろう。
だが、嫌に長く思えた。
歩幅のせいか、などと思いながら小学校に行った。
授業が始まっているのか、グラウンドには誰もいなかった。
俺は微妙な時に引越しをしたものだ、と思いながら意味もなく校庭の遊具に腰掛けた。
ぼんやりするのは得意というか、好きだ。
よってぼんやりとしていた。
一目見れたらいいな、などと思いながら。
そうこうしている間に学校の終わる時間になった。
流石に暇で、学校から出たり、一人で遊具で遊んでみたり、色々と時間を潰していた。
途中道に落ちていたテニスボールを拾った。
握ってみると、今より少し大きく感じた。
ぼんやりと其れを握って、ラケットを持ってこればよかったと思いながら、校庭で佇んでいた。

「おい、其処で何をしている。」

聞き覚えのない声。
少し高い声に似合わない、古風な言葉。
昔はこんな声だったのだな、と頭が振り向く前から思った。
ゆっくり振り向くと、幼い顔の割にはしっかりした眼光と目が合った。
「ずっと居たようだが、お前は学校は如何した?」
お前、などといわれたのはとても懐かしい。
ある一定の時期から、そういわれなくなった。
「俺は、今日引っ越してきたばかりで、部屋を片付けているのに邪魔だから外に行けと言われた、学校にはまだ手続きが出来ていないから、明日から行くんだ。」
吃驚するほど嘘がすらすら口をついで出た。
何だか少し笑えた。
多分、弦一郎は一度瞬きをして、そうか、と言った。
納得したのだろう。
「この近くなのか?」
俺は少し笑う。
嘘なんか、ついたって、ばれるんだろう。
何故だかそう思った。
「いいや、少し遠いかもしれない。」
「何故此処に?」
「会いたい人が居た。」
「会えたか?」
「ああ、今し方。」
弦一郎は腕組をして、笑った。
「其れは、よかったな。」
俺は何だか少し、泣きそうだと思った。

「うん。」

そういうのが、精一杯だ。



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