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旅行へ行こうか


紅葉が綺麗なある日のこと。
いつも引きこもり気味の俺に会うために、精市と弦一郎がわざわざ俺の家を訪ねて来てくれた。
精市には定期的に会っていたが、何かと忙しい弦一郎に会うのは久しぶりである。久々に見た彼は最後に会った時と何ら変わり無かったことが、何だか嬉しかった。まあ、最後に会ってから半年ほどしか経っていないのだから当然の事なのだろうけど。

「久しぶりだな、蓮二。元気にしていたか?」

弦一郎の言葉にこくりと頷いて応える。
3人揃った喜びに笑いあった。

「今日はね、3人で何処か行かないかって誘いに来たんだ。今度の3連休皆で旅行でもどう?」

玄関先で話すのも何だと、2人を俺の部屋に案内している時に精市が口を開いた。
何処か、というのが気になったので首を傾げれば察してくれた弦一郎が「俺達は山などはどうかと話しているのだが…」とフォローを入れてくれる。
昔は空気も読めないような奴だったのに年を追うに連れ、この男は上手い具合にそういうスキルを身に付けたらしい。精市から聞いた話では普段は昔と変わらないらしいが。

山、という単語を聞いて頭の中に赤に染まる山々を描く。
きっと、この時期の山は綺麗だろう。
部屋の中に2人を招き入れた俺は、愛用しているノートへと手を伸ばした。
このご時世、パソコンや携帯等を使った方が効率がいいかもしれないが、俺はこのノートで自分の言葉を伝えるのに慣れていたので今でもこの方法をとっている。…パソコンも一度試してみたが、やはり此方の方がしっくり来る。
少し不便だが、それも醍醐味だと思えば味があると感じられた。
2人の考えに「賛成だ」と書こうとしていた手が"賛"と記したところでピタリと動きを止める。突然静止した俺は、2人からどうしたんだと言うような視線をもらう事になった。

「蓮二?」

弦一郎に呼び掛けられる。
しかし、それに返事を返す程の余裕を俺は持ち合わせていなかった。なぜなら、俺の頭の中にはここ最近毎日訪ねて来てくれているもじゃもじゃの髪を持った男の子の姿があったのだから。
精市は"3連休"と言った。
つまり3日間は家を空ける事になる。

『俺、柳さんに会うと元気もらえるんスよ!』

そう言って笑った赤也の眉は、とても嬉しそうに垂れていた。
それを思い出すと、次いで俺が家にいないという事実を知った際にその笑顔が曇ってしまう場面が思い浮かんだ。…それは、少し辛いな。
あの笑顔に、寧ろ俺の方が元気を貰っているというのに。しかし、俺が二・三日家を空けたくらいで赤也が寂しがってくれるなど、傲慢な考えかもしれないな。
そこまで考えて、それこそが寂しいと感じている自分に気が付いた。

「おーい。蓮二ー?起きてるー?」

「!」

突然視界にちらちらと動くものが入り込む。よくよく見ればそれは精市の手だった。冗談のようにそんなことを聞きながら俺の顔を覗き込んでいる。
俺は起きていると伝える意味も込めて精市の肩をゆっくり押した。

「あ、良かった。全く反応無いんだもんな。どうしたの?山、嫌?」

「嫌なら他の案もある」

折角訪ねて来てくれてと言うのに俺が上の空になってしまうとは。心配したように俺を気遣ってくれる2人に申し訳なくなった。
そう、だって俺は場所では無く旅行に行くこと自体をどうするか考えていたのだから。何て失礼な話だろう。
俺は止まっていたペンを再び滑らせた。

"いや、山でいいと思うぞ。すまない、違う事を考えていた"

そう書いたノートを2人に向ければ特に嫌そうな顔をするでもなく「珍しい」と笑われる。

「じゃあ場所は山にするかー何処行くかなー…」

精市がうーんと考えるように伸びをした所で、家のインターホンが音を発した。


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