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はじめての会話


部屋を沈黙が包む。
いつもは、俺がしゃべっていない時には必ず発生するものだったので気にもとめていなかったが、今日は違う。
俺と柳さんが互いに口を閉じなければ起こらないものだ。
それを作り出した発端が自分の発言なだけに必要以上に空気が重く感じる。

…あれ、俺そんな気に障るような事言っちまいましたっけ?

不安でそわそわし出す俺。
そんな俺に柳さんは答えではなく『ところで、』と続けた。つまりは追及するなと言いたいのだろう。

『今日はどうした?』

そこまであからさまに話を逸らされてしまえば深入りなんて出来るわけもなく。
俺はしぶしぶとその言葉に答える。


「いつもと変わんないっスよ。柳さんに話聞いてもらおうと思って!」

『…そうか』

素直にそう返せば柳さんがふっ、と笑ったような気がした。
あくまで気がしただけなのだけども。それでもその後に、頭を心地よい手が撫でていったので俺の勝手な願望だっただけでは無いと思う。

『嬉しい事だな。しかし毎日来てくれるがいいのか?他にやりたいこともあるだろうに』

俺のくせのある髪を楽しむように動いていた手をそのままに、柳さんはそんな事を訊ねてきた。
正直意外な質問だったので少し戸惑う。目が見えない俺にとったら、やりたい事と言ってもやれることは限られているのだ。よっぽど人と話している方が有意義である。人は選ぶけれど。

その相手に柳さんは最適であった。それこそ毎日でも話しに来たくなる程に。勿論柳さんが嫌でなければ、の話だが。

そう考え、俺ははっきりと柳さんに告げる。

「大丈夫っスよ!それに俺、柳さんに会うと元気もらえるんス」

柳さんは俺の話に同意したり、アドバイスをくれたりすることは無いけれど、それでも話を聞いてくれるだけで俺の肩の荷が降りていたのは事実だった。

機械を通している今も、それは変わらない。
どうやら柳さんは聞き上手のようだ。不思議と何でも話したくなってしまいそうになる。

『そう…か。ならいいんだ』

少し戸惑った色の窺える間を感じて、もしかしたら迷惑だったのかもしれないと口を動かそうとしたのを唇に触れた何かが遮った。

『普段は家にこもっているからな。家族や精市達以外と話す機会なんて滅多になかったんだ。いつも来てくれてありがとう』

ゆっくりと唇に触れていたものが離れる。

『お前ならいつ来てもらって構わないよ。暇な時にでも遊びにおいで』

無機質な音が部屋に響く。でもこれは今、たった一つしかない柳さんが「言葉」を発生させるための道具。

つまりこの人にとっては大切なものなんだ。初めて聞いた時から比べると音が馴染んだのか、そんな機械音も心地よく感じ出していた。

「はい!」

抱えていた不安が除かれて、俺は満面の笑みを浮かべた。

『しかし、折角だから今日は俺の話を聞いてもらってもいいだろうか?』

何時もお前の話を聞かせてもらっている変わりに、と柳さんは続ける。
俺からしたら願ってもいないことだった。今まで、幸村先輩から話を聞くだけで、本人から聞く機会などなかったのだから。
俺は勢いよく首を上下させて頷く。恐らくこの時の俺の表情は輝いていたことだろう。

「勿論っス!寧ろ柳さんのこと聞けるなんて嬉しいくらいで!」

『そんな風に期待するような面白い話は無いのだが…』

「へへ、昔話聞けるだけでも俺としたら十分っスよ」

『そんなものか?』

「はいっ」


柳さんの言葉に即答すればやれやれという雰囲気を感じ取ることが出来た。でもこれはきっと悪いものでは無い。

『では、少し俺の昔話をしようか』

期待から、俺はごくりと息を飲み込んだ。



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