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はじめての会話


学校終わりの放課後。

愛犬を連れて柳さんの家までやって来た。表札を確認してインターホンを押す。
と、家の中から同時に聞こえてくるピンポーンという音。

これで暫くすればいつも通りあの人が出てくるだろう。
しかし、そう考えて数分。
いくら待っても中から人が出て来る気配は無かった。


「(…あれ?)」


首を傾げてみても状況が変わるわけもなく。
失礼かなと思いつつも再度インターホンを押してみた。

それでもやはり出て来る様子はない。一瞬無視されるような事をしてしまったのかとも考えたが、昨日は一緒に昼寝をして過ごしただけなのでそのような心当たりは一切なかった。


むーっと柳さんの家の前にしゃがみこむ。迷惑は百も承知だ。しかし怒らせてしまうような事をしてしまっていたならちゃんと何をしたのか思い出して謝らなければと思った。
そうして考え込んでいるうちにある事に気が付く。

家の中から物音がしない。いや、人の気配が無いのだ。

はて、と思い隣にいる愛犬の方を見るが、よく躾けられている彼は何も答えてはくれなかった。

ぼーっと考えにふけった結果。もしかすると家族で出掛けているのかもしれないなという結論に至った。
今日会うのは諦めた方がいいのかもしれない。

そうやって柳さんの家に背を向けた時に、後ろから落ち着いた声が聞こえた。


「あら?切原くん?」


それは、何回か聞いたことのある柳さんのお母さんのもの。

その声に慌てて振り返りながら「こんにちはっス」と挨拶すると、「ほら、蓮二。切原くんよ」という言葉が続く。
それによってそこに柳さんもいるのだという事を知った。

「ごめんね、切原くん。今日はちょっと出掛けていたから…待ったでしょう?」

「そんな事ないっス!」


申し訳なさそうに謝る彼女に、ぶんぶんと首を振って答える。
実際そこまで長い時間待っていたわけではない。時間を確認してないから本当のところは分からないけれど。


「本当にごめんなさいね。ああ、そうだ。散らかっているけど良かったらゆっくりしていってちょうだい」

「ありがとうございます!」


そんな柳さんのお母さんの言葉に甘えて玄関前まで戻れば、リードを持っていない左手をぎゅっと握られた。
その犯人は言わずもがな柳さんだ。続けてぽんぽんと頭を撫でられる。


繋がれた手に引かれるまま家の中に入る後ろから「あらあら蓮二ったら嬉しそうな顔しちゃって」という声が聞こえてきた。
それを聞いて一瞬止まった柳さん。けれどその後直ぐに歩き出す。何でだろうと思ったが、その後直ぐについてきた「ふふ、ごめんなさいね」というお母さんの言葉で、柳さんが睨むか何かをしたんだろうと思い至った。想像出来ないけれど。

でも、普段俺に対してひたすら甘やかしてくれる優しい柳さんの新しい一面を知れた気がして温かいものが心に灯った気がした。


「へへっ」


柳さんの部屋に通された丁度その時に自然とこぼれた笑い。

恐らく柳さんには不思議がられただろうけど、多少は問題無いだろう。

そんなふうに自分の世界に入っていた俺は、その時がちゃがちゃと何かを弄っている音がしていたなんて事には全く気付いていなかった。

いつも聴覚に頼りっきりの生活をおくっている俺としては極めて珍しい事だけど。

とにかく気付いていなかったのだ。
だからこそ、この後の出来事には飛び上がる程驚いた。


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