[1/1 ] 出逢いは突然に その出会いは偶然であったのか必然であったのか。 いずれにせよ、これが神様の悪戯であることに変わりなかった。 「はじめまして」 そうどこか不満そうな態度で挨拶してきた癖毛の彼に、俺は戸惑いを覚える。それは彼も同じようで、彼と共に入って来た精市の方を見ては文句を言いたげにしていた。俺自身も今のこの状況に納得出来ていなかったのでそれに続く。 そんな俺達を交互に見て、精市は困ったように笑った。 「2人とも、そんな眼で俺を見ないでよ。―蓮二、この子の手を握ってやってくれないか?」 突然名指しで呼ばれ驚いたが、精市の申し出は別に無茶でも何でもなかったので頷くことでそれを快く了承する。 そっと目の前に立っていた少年の手を握れば、彼は先程から横で聞いていたというのに此方が驚いてしまうほど身体を強張らせた。 …何なんだ、この違和感は。 ベッドに座っていたので低くなっている目線からそっと見上げることで少年の顔を見ることができる。 まだ幼さを残しているその顔はとても整っていて、しかし何処か感じてしまうこれは…。 そんなもやもやとしたものは、彼の少しツリ眼になった大きな瞳を見ることで消え失せた。―眼の焦点が合っていない? どういう事だと精市の方を見れば、彼は小首を傾げて説明をしてくれた。 「彼は切原赤也。幼い頃に事故にあって視力を失っている」 そう告げながら、精市は切原と呼んだ少年の肩に両手を置く。 先程の話はどうやら本当のようで、ここでやっと少年は俺の存在を認めてくれたようだ。 「もう幸村先輩人が悪いっスよー…。俺が見えないのわかってるくせに相手に喋らせないってどういう事っスか」 頬を膨らませた彼は、眼が見えていない事など感じさせないほどに明るかった。 「赤也にもちゃんと説明しないとね。今お前の手を握ってくれているのが俺の親友、柳蓮二。―以前、ある事件に巻き込まれてから言葉をなくしてしまったんだよ」 声色は変わっていなかったがそう切原に伝える精市の表情は痛々しくて、お前は悪くないだろうと伝えたいのに相変わらず俺の咽喉は音を紡いではくれなかった。 精市から眼を逸らすように、ふと切原の方に視線をやって俺はぎょっとする事になる。彼の瞳から大粒の涙が零れていたのだ。 どうやら精市もすぐそれに気付いたようで「どうしたんだい赤也?!」と珍しく大声を出していた。 「ふぐぇ…だって…そんな状態の人に俺…!喋らせないとか、ふぇ…失礼なこと言っちまって…ひっく、すみませんっした…」 ぐずぐずと泣きながらそう告げる彼に呆気にとられて思考が止まる。 なんて素直な子なのだろう。 純粋にそんな感想だけが出てきた。 今まで俺がこんな風になってから精市や、今この場にいない弦一郎は何度か今日のように自分の友人や先輩、後輩を身体的になかなか友人を作る事の出来ない俺の話相手が増えればと言いながら紹介してくれたが、今のような反応をしたのは彼が初めてだった。 2人の優しさは嬉しかったが、大体の人は俺の事を聞くと、同情するか一線引くかの二択だったのだ。 しかし切原は違った。同情でも何でもない。ただ自分の言動を悔いて謝ってくれているだけだ。俺としては怒る理由などなかったし、はっきり言えば彼が謝る必要性を感じていなかったのだが、俺はそれをどう彼に伝えればいいだろうか。 困ったように精市を見れば、まるで自分で何とかしろとでも言うように綺麗に笑われてしまった。仕方なく俺は何とか自分一人で相手に気持ちを伝えようと思考を巡らせる。 今までの相手であれば紙やらホワイトボードに自分の意見を書けば事は済んだが今回ばかりはそうはいかない。相手は眼が見えていないのだ。 俺の反応がないせいか未だにわんわんと泣いている彼を再度見て意を決する。そっと今まで握っていた手を離せばそれを真逆の意味でとったらしい切原はあたふたと再び謝ってきが、俺はそれに抗議など出来るはずもないのでそのまま次の行動に移った。 ただぎゅっと彼の体を抱きしめぽんぽんと背中を叩いてやる。彼は驚いていたようだが直ぐに大人しくなった。 切原が落ち着くまでそれを続けてやる。俺の気持ちは伝わっただろうか? 少しばかり自信がなかったのだが、自分の下から「ありがとうございます…」と泣き過ぎたせいで少し擦れた切原の言葉を聞いて安心した。 そんな俺の行動の一部始終を見ていた精市がムカつくほどににこにことしていたので一発殴ってやったのだった。全く精市も人が悪い。 back |