[1/3 ] 旅行にいこうか 見渡す限り、雲一つない青空が広がっている。 待ちに待った三連休、俺達四人はとある山奥の旅館にやってきていた。 出迎えてくれた女将は着物の似合う美人な人で、宿自体もいい具合に年期が入っていて雰囲気のいい旅館だ。 通された部屋に入ると、畳のいい香りがした。 「窓からの景色も最高だね」 開けられていた窓に近づいて精市が感嘆の声を漏らす。精市が言うように、窓から見える景色は絶景だった。 「じゃあ写真撮りましょ!写真!」 俺の後ろからひょこっと顔を出して赤也がそんな提案をする。その手にはカメラ。 そのカメラを見て、行きの電車での出来事を思い出す。 『今日から泊まる所は景色も素晴らしいようだな』 何の前振りもなしに、弦一郎がそう口火を切った。 その問いかけに精市が反応する。 『ホームページを見る限りそうらしいよ、今の季節なら紅葉も綺麗だろうね』 『紅葉かあー』 精市の言葉を赤也が繰り返した所で俺達はハッとした。赤也の前で景色の話しはタブーなのではないかと。赤也はその景色を望むことは出来ないのだ。 無言で視線を交わす俺たちを知ってか知らずか、赤也は続けた。 『じゃあきっちり残しとかないとっスね!』 どこから出したのかその手にはいかにも高そうなカメラが握られている。突然の事に驚いていると、赤也は「こうやって残しといたらまた後で見れるっしょ!」と続けた。 どうやらこのカメラは赤也の母親が赤也のためにと買ってやったものらしい。 『そうだね、とてもいい案だ。赤也のことも俺が撮ってやるよ』 精市がそう提案すると、赤也はほんとっスか?!と目を輝かせた。 『うむ、堪らんカメラだ』 『真田意味わかんないし』 そんな二人のやり取りを微笑ましく思いながら赤也に視線をやれば「じゃ、着いたらまず記念撮影ッスね」と自慢のカメラに触れていたのだ。 あの様子からして、余程写真を撮るのが楽しみになっていたのだろう。 「少し待たんか、赤也。先ずは荷物の整理を…」 「嫌ッス!ちょっと写真撮るくらいいいじゃん!」 引かない弦一郎と頑なに拒む赤也。 まるで親子のようだと思いつつも、弦一郎に「電車から写真を撮りたいと言っていたのだから少しくらいいいではないか」と書いたノートを見せる。追い打ちのように「真田大人気ないぞー」と精市が声を掛けたことで弦一郎は渋々と下がった。 赤也に窓際に並ぶように言われおや?、と思う。言われるまま並べば赤也はそんな俺たちを撮ろうとした。ちょっと待て。 「赤也は映らんのか?」 俺が感じた疑問を弦一郎が問いかけてくれた。ありがとう弦一郎、俺の言いたかったのとはまさにそれだ。 しかし赤也はそんな俺達の問いかけに何を言っているんだとでも言いたげに 「え?俺はいいっスよ」 と答えた。 あれだけ記念撮影を最初にと言っていたのに自分は映らないのか? 「せっかく四人で来たんだから四人で撮ろうよ」 ひょいっと有無を言わさず精市が赤也のカメラを取り上げた。設定を弄りながら答える精市。 「もうタイマーにしちゃったしね」 「ちょ!変な設定にしたらだめじゃないっすか!」 目的の位置にカメラを置いた精市は何食わぬ顔で赤也の肩を押して俺たちの元に戻ってきた。ぴ、ぴ、ぴ、となっているカメラ。 「む、もうシャッターを押して来たのか?」 「うえ?!まじっすか幸村先輩!俺カメラの位置わかんねえのに!」 赤也はもう自分が映ることはどうでもよくなったようで、あちこちを見てはカメラを探しているようだ。どうやら精市に連れてこられたことによって方向感覚が少し狂ったらしい。見当違いのところを向いている赤也が可哀想になってきたが伝えてやるだけの時間がなかった。 「幸村!突然では心の準備が…」 「いくよ、はいチーズ!」 早くなった機会音と精市の声を聞いて、少々無理矢理にはなってしまったが赤也の肩を掴み前を向かせてやることだけには成功した。パシャッと言って静かになるそれを精市が確認しにいく。 その後ろについて覗き込めば思いの外いい具合に撮れている写真が見えた。 満面の笑みでカメラ目線の精市と、その後ろから文句言いたげに口を開いている弦一郎(実際言っていた)。そしてその横で戸惑いつつも俺に前を向かされ驚いて逆方向を見ている赤也とそんな彼をカメラの方へと向かせようと奮闘している俺。 結果論ではあるが、この時俺たちが撮った写真はこの時の俺たちの素の姿を残していてそれはいい記念になった。 back |