[1/2 ] 旅行へ行こうか 旅行の詳細は直ぐに来た。 精市によると静かでゆったりとした旅館が取れたらしい。彼曰く、「写真で見るかぎり凄く綺麗なのに人は少ないらしいよ」との事だ。 それは何か別の意味で変な噂等があるのでは無いかと不安を抱いたが、わざわざ人の少ない所を探して来てくれた彼に文句を付ける事もあるまい。 旅館のホームページを見せながら「どう?」と訊ねてくる精市に頷いて返す。それを見て彼は満足そうに笑った。 「もう予約もしといたし、後は赤也だけだね。蓮二から伝えてもらってもいいかい?」 今日はこれを伝えに来ただけだからと立ち上がる精市。その言葉を聞いて俺は首をかしげた。赤也に伝えるなら精市が伝えた方がよっぽど効率が良いというのに。 「俺が学校で赤也に会うより、赤也がここに来る確率の方が高いだろ?だから頼むよ」 そんな取って付けたような理由を述べながら、精市は扉へと向かう。俺はと言えば納得出来るはずもないのだが、こういう事を言い出した精市が引くはずも無いことを知っているので曖昧に頷いた。全く困った奴だ。 「じゃあね、蓮二。ああ、見送りはいいから」 同じように部屋を出ようとした俺を精市が制する。 そう言われてしまえば無理に見送る必要もあるまい。俺はノートに「また」とだけ書いて精市が出て行くのを見守った。 やがて扉に精市の姿が消えると下の階で玄関が開く音がする。部屋の窓から彼が帰って行くのを見送った。その姿は段々と小さくなる。 …さて。彼の無茶振りは何時ものことではあるが、今回は少し骨が折れそうだ。 旅行の件に関して、赤也にどう説明してやろうかと考えていたそんな時。間がいいのか悪いのかインターホンが来客を告げるのが聞こえた。 家に響く音を聞いて、俺はリビングにあるカメラで誰が来たのかという確認もせずに玄関に向かった。 特に何故、と言うような理由も無いのだが上げるとすれば確率から言ってわざわざ確認する必要が無いこと。そしてもう1つ、前回出ていくのが遅れた為に不安な思いをさせたようなのでその埋め合わせだろうか。 後者に至っては単なる俺のエゴだが。 まあそんな些細な理由をわざわざ陳列させなくともそれについて俺に言及してくる者はいないし、こうして開いた先にはいつも通り特徴のある癖っ毛があるわけなのだけれど。 何のことはない、つまりは何処かの性格のいい友人が残していった"宿題"について何かいい案が出ればという俺の淡い期待だったりするわけだ。 そんなことを考えながら相手の黒髪に何時ものように手を置いた。 「柳さん!こんにちはッス!」 変わらない笑顔で挨拶をしてくれる赤也の手を引っ張って部屋にへと招き入れる。さて、ここからどうしたものか。 定位置にへと腰を下ろした赤也は今日も今日あった出来事を話そうとそわそわしている。 …まずは俺も話したいことがあるのだと伝える所からだな。 「柳さん、柳さん!実は今日……?」 話の腰を折ってしまうのは申し訳ないが初めに伝えておかなければ言う機会を失ってしまいそうだ。 仕方無しに俺は赤也の肩をとんとんと叩く事で「ちょっと待ってくれ」と伝えることにした。 「?どうしたんスか?」 普段なら決して赤也が話そうとしているのを妨害したりなどはしない俺が止めたことで、 少し驚いているようだ。 そんな赤也の手に触れると何かを察してくれたらしい。「俺ばっかりじゃ不公平っスもんね!」と少しずれた方向に解釈したようだが俺が何かをするのを待っていた。 その姿がどこか犬のようだと思いながら、俺は一つだけ思いついた方法を試してみることにする。 赤也の手の平を上に向けさせて人差し指で二度とんとんと叩いた後、ゆっくりと人文字目を書いた。「た」の文字を書き終え赤也を見てみると頭にはてなを浮かべているのがよくわかる。漢字だと伝わりづらいだろうと平仮名にしたがこれでも難しいか。 「えっと…柳さん何…?」 よくわからず戸惑っている赤也の頭を撫でてもう一度彼の手の平をとんとんと叩く。 これはもう根気良く分かってもらえるまで続けるしたない。 もう一度「た」と書いた所で赤也はくすぐったいっスよと笑った。またダメだったのだろうか。 「柳さんそれあれっすよね、背中に何て書いたでしょーか!みたいなやつの手バージョン!けど手じゃ狭くてわかんないっスよ…背中にしません?」 はあと心の中で溜息を吐いた時、赤也からそんな言葉が返ってきた。どうやら俺が何かを伝えたいのだということは分かってもらえたらしい。しかし背中か、赤也からアドバイスをもらう事になるとは思いもしなかった。 back |