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はじめての会話


『お前は真田弦一郎を知っているか?』

柳さんの昔話はそんな問いかけから始まった。

「真田?」

何処かで見たことがある気がした。それでもそれが何処かなんて分からなくて、俺は素直に首を横に降る。それを確認したのか、柳さんは『そうか』と告げた後、『ではまずその男の説明から始めよう』と続けた。
俺はじっと音が聞こえてくる方を見つめる。

『今言った、真田弦一郎と精市とは幼馴染みなんだ』

「幼馴染み?」

『そう、幼馴染み』

初めて聞いた話だった。幸村先輩は柳さんのことを"親友"と形容しても"幼馴染み"だなんて単語は出さなかったからだ。

『とは言っても俺はこんなだから小学校に上がってから高学年くらいまでは別の学校に通っていたんだがな』

「へー」

つまり小学校に上がる前の時期を共に過ごしてきたのだろう。

『俺達は揃いも揃って負けず嫌いでな。何かと競っていたんだ。』

懐かしむように、柳さんは間を置いた。競い合うというイメージがなかった為に、俺はきょとんとしてただ柳さんの言葉に耳を傾ける。

『ふむ…例を上げた方が分かりやすいかな』

「お願いしまーす」

昔3人がどんな遊びをしていたのか興味があったのでじっと待つ。

『例えばそうだな…誰が一番早く着替えられるか、とか』

「…しょーもなくないっスか」

『所詮、幼稚園児の勝負だ。こんなものだろう?』

「まあそうっスけど…」

拍子抜けていうか何というか。凄いものを期待していただけに何だか残念だ。

『ふっ。落胆させてしまったかな』

「えっ。別にそういう訳じゃないっスけど」

そんなまさか素直に「はい」だなんて言える訳がない。俺は直ぐに否定の言葉を口にしたが、きっと心の中は読まれていることだろう。

『まあいいさ。それは今でも変わらなくてな。2人は運動面や芸術面が秀でているから…せめて勉学くらいは勝たないと』

「へー…ってええ?!じゃあ学校で噂されてる謎のトップ生徒って…」

確か真田先輩って毎回掲示板の上位に食い込んでいた気がする。その上となるとまさか…。

『ああ、俺だな』

驚いたどころの話ではなかった。俺なんて授業受けてもわかんないのに。まあ、見えない分他に比べてハンデは背負っているのだけれども。それは授業を受けていない柳さんだって同じはずなのに…。

「あああ何だこれ…!何だこれえっ」

『誰しも得意不得意はあるさ』

「それでもありすぎっしょ!」

興奮して俺はばっと立ち上がる。その時に手で何かを引っ掛けてしまった気がした。

『あ』

「え?」

キーボードを打ちそこなったように機械音が聞こえて、丁度それと同時くらいに部屋の中にガシャンッと何かが落ちたような音が響く。

シン…と静まる室内。

先程の音を聞き付けたのか階段を上がる足音が聞こえてきた。

「え?え?」

何が起こったのかも分からずに、ただあたふたと見えもしないのに左右を見る。
それで何か分かるはずもなく。やがて部屋の扉をノックする音と「蓮二どうしたの?!入るわよ?」という先程玄関先で聞いた声が聞こえてきた。

ガチャリと扉が開いて中に入って来たのは恐らく柳さんのお母さんだ。
彼女は入って直ぐに「あらあら…」と声をもらした。

「折角作ったのに壊しちゃったの?」

…え?壊した?何を?

「ごめんなさいね、切原くん。パソコン壊れちゃったみたいで…」

パソコンが…壊れた?
さっきの音ってもしかして…。
そういえば、音がしてから柳さんは一言喋っていないではないか。

一気に顔の血の気が引いて行ったのがわかった。

「柳さ…っ、俺…!俺…!」

あたふたと柳さんがいるであろう方向に向き直って、俺はひたすら謝罪した。
柳さんのお母さんから「蓮二は別にいいって言ってるわよ」と聞かされても、どうしても申し訳ない気持ちは拭えなくて。

俺と柳さんの初めての対話はこうして幕を閉じたのだった。

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後編エンドしました。
前編から1ヶ月以上たっているなんて…こんなはずでは…。

H23.12.18

H24.03.03 訂正


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