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あたたかい手


聞こえていた音がさっきよりも大きくなった所で柳さんが立ち止まる。

ジャリ、と音の鳴る足場に自分がアスファルトから砂地へと移動した事を知った。
それにより自分が聞いた音楽が公園から聞こえていた物なのだと気付く。
夕暮れ時の公園の中にはまだ小学生位の子供達の姿があるようで、あちこちから楽しそうな声が聞こえてきていた。

その声に耳を傾けていると繋いでいた手を2・3回引かれる。気付かない内に柳さんは進もうとしていたようだ。慌ててその手の方へと足を動かす。
少し進んだ所で肩を叩かれ腰を落とせばそこにはベンチが置かれてあった。

綺麗な音色が真正面に聞こえる。

暫く俺達は黙ってその音色を楽しんでいたが、曲が終盤に入りクライマックスを迎えた所で知らない男の声がした。

「わざわざ足を止めてありがとうございます、如何でした?」

訛りのある言葉で話し掛けてくる相手が自分達へ向けて言っているのだと気付くのに数十秒。
まず俺がそれに気付けたのは柳さんの手が不安そうにゆるゆると俺の手を握ったからなのだが。

「凄く綺麗な演奏だったっスよ!」

取り敢えず何か返さなければと単純に感想を述べる。
それを聞いた相手が照れ臭そうに笑う声が聞こえた。

「そう言ってもらえるのは嬉しいのぉ…じゃけどまだまだなんですよ」

少し崩れた敬語の中に方言を見つけて、何処からか出て来た人なのかも知れないと思う。

「そうなんスか、頑張ってくださいっ」

まだ不安そうにしている柳さんの為にも早く帰ろうと会話を切り上げようとしたが、相手にその気は無いらしく手の中に紙を握らされた。

「アンタさん方がオレの演奏を初めてまともに聴いてくれた人なんじゃ」

また良かったら聴きに来てくださいなんて付け足されて、渡された紙を確認する。
俺には何もわからないけれど、紙の大きさは大して大きくなかった。
何の紙だろうと首を傾げていると、いよいよ柳さんが俺の手をぎゅっと握り締めた。もう帰らないと。

「ありがとうございます!じゃあまたっ」

俺が相手にそう言うや否や歩き始める柳さん。
余程知らない人が苦手なのか手が震えていた。

…申し訳ないことしちまったな

すたすたと進む彼に罪悪感を感じながら俺は足を動かした。



やがて家に着いたのか柳さんが扉を開く音がする。
このまま帰らされてしまうんじゃないかなんて不安が過ったがそんな心配はいらなかった。

そのまま手を引かれ家の中に通される。

柳さんの部屋に入る頃には手の震えは止まっていたけど、手を離されどさりと座った彼の様子に申し訳なくなった。

無理をさせてしまったかも知れない。

「あの、柳さんごめんなさい…」

今柳さんがどんな顔をしているのか知りたかった。
自分が気付いていないだけで泣いているかもしれない、あるいは眉間に皺を寄せて怒っているかもしれない。
自分の目が見えない事が恨めしい。

「柳さん…?」

呼び掛けても反応は無い。

「怒ってますか…?」

これもスルーされる。
流石に不安で俺の方が泣きそうになった。

「じゃあ、怖かった…?」

これで無視されたら今日は帰ろう、そう思って訊ねた言葉に柳さんがいるであろう方向からカタン、という音がする。

俺はバッと顔を上げた。

「…もしかして柳さん人が怖いの?」

カタン、と音がもう一つ。

「だから外に出ないし学校も…?」

少し間が空いて、それでもカタンと音がする。

「…ッ!わがまま言ってごめんなさい…!」

ペタンとその場にしゃがみ込んでしまった俺の頭を柳さんが撫でてくれる。
恐らく「大丈夫だよ」というつもりなのだろうけど。

無性にやるせない気分になった俺は柳さんの手を頭に感じながら唇を噛み締めた。



翌日、学校に行った俺は幸村先輩から「蓮二を連れ出してくれてありがとう!」というお礼と、「昨日の音楽は綺麗だった。怖かったのは事実だが、なかなか外も楽しめたから気に病むなよ」という柳さんからの伝言を受け取った事により俺の心のわだかまりは少し小さくなったのだった。

まだまだ知らない事が多いけど、少しでもあの人の役にたちたいと思った夏のある日の出来事。

END


歩み寄り編的な感じで。
色々と裏設定をねじ込んだ感がしまくりですね、やりすぎました。

H23.10.01


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