桃のゼリー 朝、目が覚めた時に感じたのは酷い頭痛だった。 寝起きだからというだけではなくぼんやりとする頭。 心なしか身体もいつもより熱い気がする。 そっとベッドの隅に置かれてある時計へと目を向ければ何時もより30分早い時刻を指していた。 どうやら寝苦しくて目が覚めてしまったらしい。 普段なら目覚ましが鳴っても起きない俺がこんな時間に起きるなんて。もう少し寝てやろうと目を閉じたが、襲ってくる頭痛がそれを妨げた。 痛いなんてそんなもんじゃなくて、まるで固いもので頭を殴られたみたいにガンガンとする頭。そんなものを抱えながら二度寝なんて出来るわけが無い。 身体を動かすのも辛くて、結局何もしないままぼーっとして目覚ましが鳴くまでの時間を過ごした。 時計が鳴っても案の定動く気にはなれなくて。いつまでも降りてこない俺を階段の下から呼ぶ声が聞こえるが、動けないものは動けない。 やがて痺れをきらした親が俺の部屋に入ってきた。 母さんはぱっと見ただけでもイライラしているのがよくわかるオーラを纏っていたが、俺の姿を見るなりぎょっとして額に手を当てる。 こういう時の親って本当に勘が鋭いと思う。 すぐに何か気付いたらしい母さんは一度下に降りてから体温計を持って戻ってきた。 脇に入れたそれは平熱よりも大分高いとこまでいってもまだ進み続ける。それを見た母さんは一つため息を溢すと「今日は休みなさいね」と残して部屋を出ていってしまった。 部屋の中にぽつんと取り残される俺。 「……今日は部活行けねえのか、」 親は共働きなので昼間は家にいない。姉ちゃんも学校があるので家を空けている。つまり今日は1人家にお留守番ということだ。 普段なら喜んでゲームでもしただろうに。今日はそんな気にはなれなかった。なんせ頭痛が酷いのだ。それに加えて鼻水や咳もある。 「(しんどいな…)」 風邪をひいた時というのはどうしてか人肌が恋しくなるものだ。それは俺だって例外ではない。けれど今家に人はいない、俺だけだ。 心細く感じる気持ちに蓋をして、俺は目をぎゅっと閉じた。 きっと次に目を開けた時には誰か帰って来てくれていると信じて。 朦朧とする意識の中で、インターホンの音を聞いた気がした。 でもそれは凄く曖昧で、これは熱による幻聴かもと思ってしまう程のものだ。 俺は目を開けれなかった。きっとまだ誰も帰って来てはいないだろうから。 寂しい思いをするならもう少し夢の中にいたい。 「…赤也」 そう、こんな柳先輩に名前を呼んで貰える夢の中に。 「意識は、無いのだな…」 夢の中なのにそう言って額に触れる柳先輩の手の感触を感じた。 え?と思い目を開ければ、そこにはさらさらの髪を持った見知った人物の姿。 あまりの驚きにばっと飛び起きれば「こら、ちゃんと寝ていろ」と肩を押された。 「え、柳先ぱ…え…?」 どうして先輩がここにいるのか理解出来ない。 時計の針はまだ4時過ぎで、部活は終わっていない時間のはずなのに。 「赤也が、心配でな」 身が入らなくて弦一郎にも怒られてしまったと困ったように眉を下げて続けた先輩は、手に持っていた袋を持ち上げた。 「あまり食べ物は入らないだろうが、ゼリーぐらいなら大丈夫だろう?」 そこに入っていたのは桃のゼリーで、俺はそれに頷く。 正直お粥も食べれそうに無かったのでゼリーは助かった。フルーツを食べれるかどうかはわからないけど。 ぺりぺりとゼリーを開けた先輩がゼリーをスプーンですくう。何をするのかと思っていた俺に先輩はそれを俺の口元にまで持ってきた。 「ほら。あーん」 「うえ?」 熱とは違った熱さを顔に感じる。 え?今柳先輩何て? 「うえ?じゃないだろう。あーんだ、赤也」 どうやら聞き間違いでは無いらしい。再度聞こえた先輩のセリフにぽかんとしてしまった。 あの柳先輩が、あーんって…! 反則だ。ただでさえ心細い時に来てくれて嬉しいのに。更にそんな行動をとられてはたまったもんじゃない。 「赤也?」 動揺のあまり固まってしまった俺を不審に思った柳先輩が首を傾げる。 こんな機会滅多にないのだ。今食べないでいつ食べるんだ、切原赤也。 「あー…ん」 柳先輩が俺の前に持ってきてくれたスプーンへとかぶりつく。 熱に侵された口の中に広がった桃の風味が心地よかった。 俺が食べた事によって満足したのか、ふわりと笑う柳先輩。 「まだ食べれるか?」 「ういっす…」 スプーンでゼリーをすくった先輩に頷けば、再び口の中に感じる心地いい甘さ。 風邪をひくなんてまっぴらだけど、たまにはいいかもなと思ってしまった俺はダメな奴でしょうか。 しょこさまへ2000HITキリリク「ほのぼの赤柳」でした! ほのぼのしてます、かね?ほのぼの中心サイトといいつつほのぼのしてるか不安な管理人です リクエストありがとうございました! 本人様のみ苦情・お持ち帰り可となります! H23.10.24 back |