ワールドエンドアンブレラ

※某歌姫の歌のパロです
※ハッピーエンドなつもりですが死ネタです
※28二人とも社会人設定


ああ、これが雨というものなのだろうか?
生まれた頃から空を覆っていた灰色の空が今涙を流している。
それは心に嫌に残って、今までこんなことはなかったのに柳生にその灰色の先にある空を望ませた。見えない空は「雨」という間接的な形で傘の下に閉じ込められた人々にその存在を主張していたのだ。

ふと、自らが子供の頃に読んだ絵本に描かれていた空を思い出す。
どこまでも続いていると錯覚させるような広がる澄んだ青。それを見ながら交わした1つの約束。

―いつか、一緒に空を見に行かんか?

頭に懐かしい声が響いた。
まるで連鎖のように浮かぶ彼の顔。
きらきらと輝く銀髪に色素の薄い肌、そしていつもどこかだるそうに開いていた瞳。
暫く顔を合わせていないがはっきりと思い出す事ができた。
彼との約束は未だ果たされていない。あの約束を交わした当初はそれがどこにあるのか、どこへ行けば見る事ができるのか、そんなことも知らなかったのだから仕方の無いことかもしれないが。

そんなことを考えているうちに大通りへ出る。
雨が降っているせいかいつもは人で賑わっているこの場所にも人影はなかった。髪を伝った雫が頬へ落ちる。
あまりにも殺風景な景色に寂しさを感じて、柳生はそっと交差点の中心へ歩を進めた。
それでもやはり辺りに人の気配を感じられず溜息を洩らしたそんな時だった。視界の端に青いものが映りこむ。何かと思いそれがある場所に向かえばその招待を確認できた。
青い、傘だ。
それはまるであの絵本の中に描かれていた空のような…。
もうとっくに傘など役に立たないほどに濡れてしまっていたがないよりましかかそれを手に取る。
予想より軽いそれを片手で持ち上げ見つめていると、先程まで自分が立っていた場所から視線を感じ振り返る。
そこに立っていた人物を見て出てきた感情は驚きと戸惑いと、喜びだった。

「…お久しぶりです、仁王くん」

「おう…」

雨の中、傘もささずに立っている彼の元へ歩み寄る。
中に入れてやろうとかざすが、仁王も柳生同様すでに雨でびしょびしょに濡れてしまっていた。
そんな彼が何か本を持っている事に気付く。普通の書籍よりも大きな薄いそれは…絵本?

「のう柳生」

暫く続いた沈黙の後、仁王が口を開いた。手に持っていた絵本を差し出しながら。
それをよく見れば見覚えのあるものだった。
彼と約束をした日、共に見ていたあの絵本。

「約束、憶えとるか?」

仁王が続けた。
その言葉に柳生はゆっくりと首を縦に動かす。
それを見て情けない顔で笑う相手に手を伸ばした。仁王が泣いているように見えたのだ。
恐らくそれは雨のせいで、柳生自身自分の思い込みであると分かってはいたのだが何かしなければならないと、そう思わせる雰囲気を仁王は纏っていた。
手に彼の頬の感触を感じる。それは濡れていたせいか、もともと彼の体温が低いせいか驚くほど冷たかった。

「…約束を果たしてはくれないのですか?」

今にも消えてしまいそうな仁王にそう笑いかける。
もうこの歳になればあの約束が何を意味しているのかなんてわかっていたが、それでも柳生は仁王にそう問いかけた。
驚いたように見開かれた仁王のその瞳はすぐにやわらかいものに変わる。
苦笑いする彼からは嫌味なんてものは一切感じられなくて、それが答えだった。

「ええんか?」

仁王のそんな質問はもはや愚問だった。
二人はどちらからともなく手をとって歩き始める。
行き先はもう決まっていた、この世界の中心であるあの塔へ―。



塔に近づくにつれて警備が厳しくなる。
しかし意外な事にその数がピークにきたのは塔に入る直前までだった。
塔を登り始めてからその足音の数は2、3に減っていて、それが何故かなんてそんなことを考える余裕もなくただただ走り続ける。筒抜け構造の塔に備え付けられた螺旋階段を駆け登る足音と呼吸音だけが響く。
耳につく塔の屋根を叩く雨音に涙が溢れそうになった。今、柳生の手を引き前を進む仁王は何を考えているのだろうか。二人は言葉も交わさずに上を目指す。
そこにあるはずの空を求めて…。

やがて目の前に広がるさび付いた檻。
視線を横に逸らせば同じようにさびた機械があって、あまりにも厳重なそれに自分達が犯している行為の重みを知った。
無言でそれらに近づく仁王についていく。手馴れた手つきで機械を操作する彼の私と繋がれた右手は少し震えていて、柳生はそれに気付いてもただその背中を見守る事しか出来なかった。
背に感じる足音が近づいてくる。それでもまだその音は遠くて、仁王が檻を開けるほうが早かった。
歯車の音が次第に大きくなる。やがて開いた檻の隙間から更に奥へ。
頬を掠めていく風はほんのり冷たかった。
気がつけば後ろから聞こえていた足音が消えていて、不思議に思い振り返れば自分達が開いたその隙間で足を止めている2人の警備員らしき姿があった。遠く離れていたためしっかり見えたわけではなかったが、彼らから感じた悲しみに柳生は「ごめんなさい」と心の中で謝罪する。しかし後戻りなど出来るはずがなかった。
これが自分達の選んだ道なのだから。

ふと気付けば聞こえていた雨音はもう病んでいた。
更にスピードを上げて最上階まで登りつめる。息はもう切れ切れだったが、それは仁王も同じだったようでふと目を合わせて笑いあう。
求めていた扉はすぐそこだった。

埃を被りただそこに佇んでいるそれには鍵がかけられていなかった。
呆気にとられながらもその取っ手に手をかける。ゆっくりそれを押せば視界一杯に鮮やかな色が広がった。
青い空と、先程まで雨が降っていた雨によってできた虹、そしてその下にどこまでも続く色とりどりの花のコントラストの何て美しい事だろう。隣を見ればその中にいる色素のない仁王が立っていて、それがとても愛しく感じた。
ああ、今自分はとても幸せだ。
気付けば頬を伝っていた涙に自分でも驚く。そんな柳生を見てからかう仁王の目にもよく見れば涙が浮かんでいて少しおかしくなった。
ゆっくりと花の中に腰を下ろす。花の1つ1つに目をやっていくと様々な種類の花があって目移りしてしまう。自分達の世界にはなかった新しいもの。
同じように隣に座った仁王がその中の一部を渡してくれた。
それは花束と言うには情けなかったが、柳生の心を温かくするには十分すぎるもので。
柳生は久々に声を上げて笑った。
笑い疲れて仁王の肩にそっと頭を寄せる。
ゆっくり、ゆっくり近づくその正体を自分は知っていた。しかし不思議と恐怖は感じられなくて、心はいつもよりも穏やかだった。
それもそうだと自分自身で納得する。だってこんな美しい世界で、隣には愛しい彼がいて、重ねられた手には彼の温度がある。
ふと身体の力が抜けた。目の前には空が広がっている。
右手に感じる彼の体温だけが温かく感じて、柳生はそっと瞳を閉じた。



満開の花の上に置かれた、開いた絵本と傘だけが手を繋いで眠る二人をいつまでも見守っていた。


END



おまけ的な幸村+真田

[ 3/10 ]
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