夏の終わり ぽたん、ぽたんと閉まりの悪い蛇口から雫が落ちてゆく。ただそれを何を考えるでもなく見つめていた。 先程顔を洗うために水を被った後、拭くこともしていなかったために俯いた顔からも同じように雫が落ちてゆく。日陰に設置された水道にまた1つ雫が落ちる。五月蝿い蝉の声が追いかけるように頭の中を反響した。 俺達の夏が終わった。 その事実だけが悶々と頭の中を回っている。実感なんてものは無くて、それこそ試合直後の方がまだ理解していたのかもしれない。こうして時間を置いて落ちついてみれば本当に短い夏だった気もする、俺達の夏は終わってしまった。 「…幸村」 自分を呼ぶ声に振り返ればジャッカルがそこに立っていて、ああ気を使わせてしまったなって。こんな時に真っ先に来そうな真田が来ていないんだから。 「ああ、もう閉会式かい?」 まだもう少し時間があると思ったんだけどなと言外に伝えれば「なー」なんて笑ってくれるんだから本当に優しいやつだ。 「じゃあ、行こうか」 閉まりきっていなかった蛇口の口をしっかりと閉めてふう、と息を吐く。まだ、まだその時ではない。 最後まで王者として、立海の部長として。立っていなければ。 迎えに来てくれたジャッカルの肩をすれ違いざまにぽんと叩いて横を通りすぎる。 向かった決勝が行われたコートの上、まだあれから時間もそう経っていないコートの上。時間が戻るなんてことはありえないけれど。確かにここには思い出がつまっていて。押し寄せる感情をただ唾液と一緒に飲み込んだ。 「来たか、幸村」 「ああ、待たせてすまないね。真田」 「構わん」 帽子を深く被りなおしてそれだけを告げる。ああ、そうだ。ここからは俺が行かなければ。最後になるかもしれない”部長”として。 周りを見渡して全員の顔を確認して、何も言わずに歩き出す。目指していたものには届かなかったけれど、自分達が誓っていたものではないけれど。それでもこれが俺達の闘ってきた証だから。 『準優勝、立海大附属中』 悔しさを胸に、俺達3年に来年はないけれど。それでも、俺達には期待の星がいるから。大泣きして目を腫らしている君に情けないところは見せられない。 まだまだ教えたいことはたくさんあったんだけどな、それはきっとお前がこれから自分で見つけていけること。 きっと実感がないのは俺だけじゃないんだろう。 けれどやっぱり違っていて。例えば普段より深く被られた真田の帽子だとか、いつもは静かに閉じてる柳の目蓋の震えだとか。噛まれていない丸井のガムだとか、解かれた仁王の髪だとか。ジャッカルのうっすらと開かれた手だとか、少し乱れた柳生の前髪だとか。ああ、赤也の髪は相変わらずだね。 大好きな仲間達へ。 俺達の夏は終わってしまったけれど、けれどどうか―――。 俺は、五月蝿かった蝉の声が止んだのを感じた。 常勝、立海大 H24.08.23 back |