言葉はいらない

蓮二、蓮二、好きだよ。

名前を呼んでは俺に好きだと告げるあいつは、その言葉の意味をちっとも理解しちゃいない。

俺達がダブルスを組んでいた時から、あいつのそれはあったように思う。
例えば試合に勝ったその時。練習で鋭い球が決まった時。挙句、目があった時にまで。それはまるで呼吸をするかのように自然な調子で俺に"好き"を伝える。
勿論その主語は毎回違っているのだけれども、それでもそれらは全て俺に関係するものだった。
そりゃ俺だって最初のうちは全く気にならなかったさ。好意を向けられて、自分を認めてもらえて不快になるものはそう多くないと思う。
しかし、それは頻度によって変わるものなのだということを最近になって理解した。


好きだ、好きだと伝えられ続けて。やがて俺はその言葉の意味について悩むようになった。単純な好みだけで片付けることは出来ないであろう、その回数。
悩みが出来れば、その当事者について考える時間も必然的に増えてくる。結果、それが増える度にその者への愛情が芽生えて来ていた。
最初は"怖い"だった筈の感情が"嬉しい"へと変わってきているのだ。ここまで自分を好いてくれているのなら、気持ちに応えてやらない事もない、そう考えた。
だからある日、俺は自分の気持ちを乗せてあいつの言葉に応えたのだ。

「蓮二、好きだよ」

「…俺もだ」

「何で赤くなるんだ?蓮二」

「…え?」

結局、あいつの言葉は友愛の域なのだ。
いくら好きと言われようと、何度言葉を重ねられようと、あいつのそれがその壁を越えることはない。

いつの間に、あの言葉にほだされてしまったのだろうな。お前は俺と笑い会えればそれでいいのだろう。
そう考えてしまえば己の中の汚い欲望が、酷く醜く見えた。
触れたい、共にいたい、俺を見てほしい。
こんな、友愛の域を完全に過ぎてしまった俺を知った時、お前はどうするんだ?

今までの経験データを無意識に引き出して予測を弾き出そうとしている自分に気付き、意識的にそれを止める。嫌だ、知りたくなどない。

「好きだよ、蓮二」

多くを求めるつもりは無い。ただ、今の俺にとってその言葉は酷く残酷だから。

だから、なあ貞治。

「気持ち悪いぞ、貞治」

何も言わず、ただ抱き締めてはくれないだろうか。



この鈍感男が、そんな俺の心中を知るはずもなく
今日もまた、勘違いさせるような言葉を落としていくのだろう?

END


H24.03.24


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