モブ×柳 | ナノ
01

部活帰りの電車内。
日が落ち、ボールが見えなくなるまでテニスに打ち込んでいた柳が帰路に付くのは帰宅ラッシュのサラリーマン達と同じような時間帯であった。勿論そのような時間まで中学生を学校に拘束するような事があれば学校側の問題にもなるであろうが、これは柳やその他のレギュラー達が自主練習という形で自ずから行っていることなので顧問を除けば学校側に責任はない。
全国大会常連校ともなれば練習時間が増えるのは当然、それに伴って帰宅時間が遅くなるのは仕方のないことである。

柳は部活後の心地よい疲労を全身に感じながらも少し重量感のあるテニスバックを右肩に掛けながら電車に揺られていた。人が多い為に電車内は熱気に包まれ少し苦しいくらいだが、その中でも扉の付近を何とか確保し自らのスペースを作る。普段であれば柳の隣に親しい真田や後輩の切原の姿があってもいいのだが生憎その二人は揃って用事があるらしく柳よりも先に帰宅していた。柳が降りる目的の駅まで後30分。これだけスペースがあれば誰の邪魔にもならず読みかけの本を読むことも可能だろう、そう考えた柳は鞄から残りページは半分程の文庫本を取り出した。

本を読み始めてから二・三ページ過ぎた時の事だ。
ふと柳の左側、テニスバックを抱えていない側の足を誰かが撫でたような気がした。…まあ、これだけ人が居るのだ。動いた拍子に触れてしまうことなんてよくあるだろう。もし自分が女性だったのであれば何かしらの可能性も考えたのだが生憎俺は男。それも180を越える傍から見れば女性でない事など一目瞭然の体格をしている。そんな男にやましい事を働くような輩などいないだろうと判断し、柳はそのまま読書に集中することにした。
…それが間違いだったのだ。
柳が何も言わず本に視線を戻したのを確認したのか、当たった手の主はもう偶然などという言葉では言い逃れ出来ない程の手つきで柳の太ももから尻にかけてのラインをなぞった。

「っ!」

これには流石の柳も動揺せざるをえない。明らかに何らかの意図を持って動くそれは柳の反応を見ながら執拗に足と尻を撫で回していた。柳がこの時感じたのは嫌悪感と驚き。
混乱している柳の後ろから少し息の荒い呼吸音が聞こえる。何が起こっている…?
状況が読めない。次の駅まで後少し、いっそそこでこの電車から降りてしまおうか。男の自分が痴漢被害に合っているなど考えたくもなかった。以前学校で痴漢に対しての対処方法を女子生徒向けに講義していたが「声を上げられない場合が多い」という意味を悲しいかな漸く理解する。
被害に合っているのは此方で、何も後ろめたいことは無いというのに触られているという屈辱感から声が出ない。ああ、もしかすると女性の場合は少し違うのかもしれないな…だなんて妙に冷めた頭で考える。
そんな時だった。

「な…っむぐ」

ずっとズボンの上から撫でているだけだった手が前へと回りズボンのチャックを外したのだ。そんな事をされては適わないと先程までの考えを捨て置き抗議を入れようとしたところで口を手で押さえられた。
先程の記した通り柳は長身である。そんな人物の口元を塞ぐなんてことをしては目立つだろう、普通なら。しかし柳には不幸なことにこの時多くの乗客は皆自分の世界に入っており隣にいる人にさえ関心を持っていなかった。口元にある手を払うにも両手は本とテニスバックで塞がっており直ぐに動かすことが出来ず、後ろの男がチャックの隙間から下着を掻い潜り柳のそれに触れることの方が早かった。

「っぁ」

指先で引っ掻くように触れられそのまま器用に的確な刺激を与えてくる。
柳の意志はともかくとして、柳も男なのだ。嫌でも刺激を与えられれば反応する。男が指先を動かす度に柳が自己嫌悪に陥りそうになるほど柳自身は脹らんで行く。柳は男の息が更に荒くなるのを背中で感じた。
このような真っ直ぐ立つことも難しくなってきた状況で声など上げられるわけがない。痴漢に触られ勃起させてしまったなんて屈辱以外の何物でもなかった。
早く。早く駅に着いてくれ。

最早抵抗も出来ずただただそう祈ることしか出来ない己が情けないが、今はそうする事しか出来なかった。背後の男はといえば行為を更にエスカレートさせ下着の隙間から柳自身を取り出そうとしているようだ。…勘弁してくれ、こいつは何がしたいんだ。
せめてもの抵抗だとテニスバックが肩から床に滑り落ちるのも構わず相手の手を掴んでやった。びくりと相手が反応するのがわかったが今ここで通報出来るような身体ではない。ほんの脅しにしかならないだろうがと思いつつも「これ以上は」と相手に分かるように呟いた。
それを聞いた相手が何を勘違いしたのか柳の尻に固い何かを当てたところで電車の扉が開く。柳はそのまま飛び出すようにホームに逃げ出した。中心が熱いせいで上手く走ることは出来なかったがそのまま駅の公衆トイレにへと駆け込み個室に閉じこもる。誰かが追い掛けてくる気配はなかった。
敢えて選んで入った洋室の便器の上でズボンを脱げば放っておいただけではどうにもならないだろう自身を確認することになる。

「…笑えないな」

痴漢、それも男に触られこんな状態になってしまうなんて。
何れにせよこのまま家に帰るのは難しい。柳は自身にへと手を伸ばし上下に抜いた。時折かりの部分を引っ掻いてやれば射精感は一気に近くなる。

「…んっ は…!」

絶頂が近いと分かった柳はちらりと隣を見てトイレットペーパーをちぎりそのままそこに欲望を吐き出した。

「……ふぅ」

熱を発散させ終えた、後はこのだるい身体を動かして帰宅するだけだ。
射精後の身体に鞭打ちズボンを履く。その時ぱらりと紙切れが一枚ズボンからこぼれ落ちた。

「?」

床に落ちたそれを拾い上げ開いてみて柳は驚愕した。中学生である自分にはあまり縁がないそれ。紙には「壱万円」の文字がしっかり印刷されていた。
これを寄越した犯人など一人しか思い浮かばない。

「…なんのつもりだ」

この紙幣により男に更に嫌悪感が生まれる。これで許すとでも思っているのだろうか、それともそこまで緩いと思われたのだろうか。何れにせよ気持ち悪いに違いなかった。

くしゃり。握り締めた拳の中で壱万円札が潰れる。

こんなものを受け取るつもりなど無いのだ。
柳は翌日も同じ電車に乗ることを決めた。

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