チョコレートエンゲージリング

2月14日。
世間一般にバレンタインと呼ばれる今日。俺、切原赤也はがらにも無くそわそわしていた。
何の事は無い、大好きな柳さんにチョコレートを貰えるかどうかでそわそわしているのだ。しかし、俺は気付いた。
時間は丁度3時間目が終わった辺りで。
友チョコや逆チョコ等と謳われているこのご時世。受け身でどうするのか、と。

けれど思い至ったからと言って女子のように手作りなんて出来るわけがない。
よって、俺はコンビニに向かう事にした。昨年までなら受け取っていただろうチョコは全て断っている。「赤也くんに彼女が…?!」とまあ強ち間違っていない気もする勘違いを生んだが、問題無いだろう。
コンビニという奴は便利な物で、目当ての物は直ぐに見付かった。

綺麗にラッピングされたチョコレートが棚に並ぶ。
授業の合間の10分で何も考えず飛び出してきたので悩んでいる時間は無い。しかし、どれもあまりしっくり来なかったわけで…。

俺はバレンタインコーナーを離れてお菓子売り場に移動した。

* * *


「ちーっす!今日は大量だぜぃ」

「おいブン太…自分の分をだな…」

「わー。たくさん貰ったね」

ご機嫌な様子で部屋に入って来た丸井先輩と荷物を抱えたジャッカル先輩に幸村部長が声をかける。
先輩達はもうとっくに引退しているわけだが、定期的に顔を出してくれていた。きっと今日はみんなここに集まるのだろう。まだ来ていない先輩は風紀委員の真田副部長と柳生先輩。そして生徒会の柳さんだ。
今日は風紀委員がさぞ忙しいことだろう。朝から何回も副部長の怒声を聞いた気がする。
女子も見つからないようにすればいいのにと毎年思う。けれど真田副部長だって貰えれば嬉しいはずなのに素直じゃないのだから女子だけのせいじゃないかもしれない。今だってきっとあの3人が遅れているのは副部長を宥めているのだろうし。先輩方乙です。早く来いよ。
先輩達は引退しているけれど、俺はまだ現役なのだ。
もうすぐ部活が始まってしまう。いつまでも待っているわけにはいかない。俺はポケットの中の袋をぎゅっと握った。
そんな俺の思いが届いたのか否か。ガチャリと扉が開いた。

「遅くなりました」

「少し野暮用があってな」

「……」

順々に扉を通り抜ける。
一番最後に入って来た真田副部長はとても不服そうだったが声を荒げる事はなかった。
毎年恒例なんだからそろそろ諦めたらいいのに。

「よーし。みんな集まったし俺の妹からのチョコレートだ。有り難く受け取りなよ?」

「ゆき…っ」

「真田うるさい。もう放課後だから学校生活に支障無いよ」

「む…」

「毎年よう飽きんのう…」

「真田くんですからね」

副部長を抑えて部長が可愛らしい小包みを配って行く。
中身はどうやら生チョコらしい。それを有り難く鞄にしまった。まさか幸村部長の妹さんからのチョコを「本命からしか受け付けない」なんて突っ返す事なんて出来ない。俺だって命は惜しい。

「あざっす!」

「うん」

俺を最後に一通り配り終えると、幸村部長は「今日は用事あるからお先!赤也よろしく」と手だけを降って出ていった。
残された面々も「ジャッカルケーキバイキング行こうぜー」だの「やーぎゅ。家寄ってええ?」だの言いながら部室を去っていく。

「蓮二、帰るか」

そんな中、柳さんの名前を呼ぶ真田副部長。

「え、ちょま」

そんな、帰られたりしたら困る。そう思って声を出そうとした俺の上から「すまない。少し用事がある」という柳さんの声が重なった。

「そうか。長くかからんのなら校門の辺りで待っていよう」

「ああ。ありがとう」

「うむ」

真田副部長が部室を離れる。

「赤也。時間が惜しいな…。遅くなってすまないが」

「え」

ちらりと時計に目をやった柳さんは申し訳なさそうに1つの箱を取り出した。何かなんて直ぐにわかる。チョコレートだ。

「わわ、ありがとうございます!!」

「受け取ってくれるのか?」

「え、そりゃ勿論!」

何を言うのだこの人は。
俺はこれが欲しくて朝からそわそわしていたというのに。ちょっと貰えないかもとか思って落ち込んだりもしたというのに。

「…お前が、今年誰からも受け取っていないのを見てな」

「いや、それは柳さんのだけ受け取りたくて」

「精市のは?」

「え、それカウントに入ります…?」

「ふ、冗談だ」

柳さんの言葉に頬を膨らませれば「すまない」と笑われてしまった。

「そうだ。俺もあるんスよ」

「それは驚きだな」

「俺だってあげたいし…手、出してくれません?」

「手?」

俺の言葉に首を傾げながらも柳さんは右手を出してくれた。素直に出してくれたのは嬉しいけれど、けど、違う。

「そっちの手じゃなくて」

「左か?」

「うぃっす」

本当にどうしたんだと言いたげにしながらも、それでも柳さんはすっと左手を出してくれた。
その手を俺の左手で支えて指に輪を通す。

「…これは」

「へへ、チョコっスよ!俺から柳さんにバレンタイン!」

ポケットに入れていた袋からもう1つチョコリングを取り出した。

「成程。4限が始まる前に慌てて戻って来るのを見たが、それを買いに行っていたのか」

「知ってたんスか?!」

「俺を誰だと思っている?」

得意気にふ、と笑った柳さんは愛おしそうに俺のあげたそれに触れた。

「ありがとう、赤也」

この言葉に少し擽ったさを感じて、へへと頭をかく。

「そろそろ時間だな」

「そっすね。俺頑張って来るっス!柳さん気を付けて帰ってくださいね!」

「ああ」

荷物を肩に掛けた柳さんに見送られて、俺は部室を後にした。柳さんから貰ったものは大切に鞄に直した。

柳さんから貰えるだけでなく、自分が贈ったそれをあまりにも嬉しそうにしてくれていたあの人の顔を思い出せば、自分の気持ちが浮上するのがわかった。




(弦一郎お待たせ)

(ああ、蓮二。終わったのか?)

(うん)

(む?その手のやつはどうした?)

(赤也から貰った。バレンタインだ)

(ほお…しかし、それはチョコレートだろう)

(ああ。全く赤也は可愛いな)

END


乗り遅れたってレベルじゃない。

H24.02.20


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