初恋 思い出はどこまでも綺麗で。 あの頃の記憶は驚きたくなるくらいに鮮明だ。 あの日、夕方のあの時。公園の中で出会ったその子は、外見は大して変わらないというのに此方が恐ろしいと感じてしまう程に大人っぽかった。 「こんなとこで何してんの?」 俺が話し掛けたのなんてたんなる気紛れだった。 公園の外から見た時、初めてその子を見た時、こんなにも美しいものがあるのかと思ったのを今でも覚えている。わざわざ公園に立ち寄ってまで、関わりたいと思ったんだ。 「…別に何も」 ブランコをこぎもせず、黙って座っていたおかっぱの女の子が淡々とそれだけを返してきた。 予想とは違い、低めの落ち着いた声が耳に届く。 静まる空気。流れる風。 つまらない奴と思いながらも興味を惹かれている自分がいて。 気付けばその子の隣にあるブランコへと座っていた。 チラリと横顔を覗き見る。 そこには公園の外から見た時と変わらずにただ黙って前を向いている姿。 自分の事など気にもとめていない事など容易にわかった。それがどこまでも気に入らなくて、じっと睨むように顔を見続けてやった。 ……? 相手の様子はちっとも変わりはしなかったけれど、それでも俺はある違和感に気付く。 「…泣いてんの?」 「…っ?」 口が自然と動いて、呟くように出た言葉はどうやら図星だったらしい。 と言っても、表には涙なんてものは出ていないのだけれど。それでも俺はその子の肩が揺れるのをしっかりと確認した。 何かなんて知らないけれど、でもきっとこの子の中で悲しい"何か"があったのは確かなのだろう。 「何を言っているんだ…?」 「意地っ張り」 さっきの反応を見る限り、それは確実なのにそれを決して認めようとしない。 そりゃ、今会ったばかりの俺に話せる事なんて無いに等しいだろうけれど。 それをわかっていながらこんなに深入りするなんて、何やってんだ俺。 そんな考えは頭の中にあった、けどどうしても放っておく事なんて出来なくて。 驚いたように目を見開いていたその人を、じっと見つめる。 ずっと閉じたままだったのでこの時初めて見たが、その瞳は綺麗な琥珀色だった。そんな瞳が困惑に揺れる。 ここで引いては負けだと見続ければ、その人は観念したかのように「はあ」と溜息を吐いた。 「君は誰なんだ…」 「俺?俺は――」 「いや、やっぱりいい」 呆れを含んだ問い掛けに答えようと開いた口を、人差し指で止められる。 「すまないが、話を聞いてくれないか?」 少しムッとしたが、その言葉で俺は再び黙る事となった。 その子の話は簡潔だった。 話によれば、彼女もテニスをしていてダブルスをしていたそうだ。 そしてつい先日、そのダブルスパートナーに挨拶もせずに神奈川へと引っ越して来たと。 だからそのパートナーの事が気掛かりで仕方ないらしい。話の途中で「それがあいつにとっての最善だと思ったんだ」と話していたのだから、後悔はしていないのだろうけれど。 それでも、心配である事にかわり無いのだ。全く、ややこしい話だと思う。 黙りこんでしまった俺に、その子はクスリと笑みを溢した。ああ、こんな表情も出来るんだ、この子。 「すまないな、困らせてしまって。聞いてくれてありがとう」 寂しそうな笑顔に変わったその子。俺達の間を吹き抜ける風が彼女の髪を遊ばせる。まただ。この子は本当に泣きそうなのに涙を流さない。その姿はとても痛々しいのに。 自分に何か出来る事は無いだろうか。何か、ちょっとした事でいい。少しでも、その表情を和らげたかった。 「俺、アンタは偉いと思う」 …何てベタなセリフを言っちまってんだ俺。 しまったと思っても時すでに遅し。 きょとんとした姿がそこにあった。何だか凄く恥ずかしい。居たたまれない。穴があったら入りたい。 「…そうか、ありがとう」 馬鹿にされると思っていた俺の耳に予想外の言葉が届く。 恥ずかしさから逸らしていた顔を戻せば、先程クスリと笑った時のようなそんな子供らしい笑顔を浮かべているその子が目に映り込んだ。 「―――っ!!」 顔が熱い。何だこれは、何なのだこれは。 「気持ちが楽になったよ。じゃあ」 動けない俺を置いて、彼女はそのまま公園を出て行ってしまった。 公園に残されたのは俺1人。 小学4年、5月。 俺、切原赤也は初恋を知りました。 転校する数日前の話 赤也は最初柳さんを女の子だと勘違いしてたら可愛い H24.02.02 back |