こーるみー!!! 俺、切原赤也は柳先輩に名前を呼ばれるのが好きだ。 落ち着いた低音で名前を呼ばれるのは心地よいし、何よりあの人の優しい声色が自分の名を奏でてくれることが嬉しかった。 だから俺は今日も今日とて柳先輩の背中を見つけては朝から何時ものように大声で挨拶をする。この時間に来ればここで柳先輩と会うことが出来るのだ。 ゆっくり振り返った柳先輩はいつもの笑顔で。 そんな先輩に頬を緩めながら、相手が口を開くのを見守った。 今日も朝から柳先輩に名前を呼んでもらえる、そう思っていた時だ。 「おはよう、切原」 …はい? 俺は耳を疑った。今、目の前のこの人は自分の事を何と呼んだ? 聞き間違えでなければ「切原」と呼ばれた気がする。昨日まで「赤也」と呼ばれていなかっただろうか。 戸惑っている俺を見て柳先輩は小さく笑った。 何でだろう、笑顔が怖い。 「切原」 呼ばれて思わず肩がはねる。 自分は何かしてしまったのだろうかという疑問と共に恐怖が頭を駆け巡った。 脅えるなんて自分らしくないだろうと思ったが、相手が柳先輩では仕方ないと自分に言い聞かせる。 歩き出しながら静かに柳先輩が続けた。 「お前はテニスへの情熱を学業に向けることは出来ないのか?」 予想外の言葉に目を見開く。 俺は全く話が読めず、その質問に答えることは出来なかった。 柳先輩を追い掛けてたどり着いた部室にはもう部長と副部長が朝練のために来ていた…はずだと思う。 思うというのは2人とも早く来ていたはずなのに未だ制服に身を包んでいたからだ。 時計に目をやれば、針は他の先輩が来るのはもう少し後だということを指している。先程から感じる圧力が辛い。 「えと、あのおはよーございまーすっ」 俺が小さくそう言えば2人ともちゃんと「ああおはよう」と返してくれた。 しかし、それでも場の空気は変わらない。少しでも意識を反らそうと先に着替えを済ませようとした時だ。幸村部長が柳先輩と同じように俺を「切原」と呼んだ。 何だと言うのだ2人揃って。訳の分からない状況にイライラしていた俺に部長は続けた。 「お前さ。この間の中間どうだった?」 笑顔だった。それはもうこれでもかと言う程の綺麗な笑顔だった。 俺は言葉に詰まる。 「え、」 結果口から出たのはあからさまに罰の悪そうな素直な言葉で。 間を置かずに目の前に出された白い紙に俺は顔面蒼白になった。 教科名とその下に書かれた数字…。その数字には見覚えがある。 「英語科の先生をはじめ大体の先生方が顧問に文句を言ってきたそうだよ」 面倒臭そうに言う部長。 俺はもう縮こまるしかなかった。 俺を囲む3人は本当に何と形容すれば伝わるか分からないような雰囲気を出していて。 「何かさ。次お前が赤点とったら部が連帯責任になるそうだよ」 そこで部長はくぎる。 「言いたいこと、わかるよね?」 もう俺は頷くしかなかった。連帯責任…つまりは休部だろう。 そんなのたまったもんじゃない。 俺の脳裏に『立海大付属、休部により全国大会出場辞退!!』という文字が雑誌の上に踊っている場面が思い浮かんだ。勘弁して下さい、全力で。 「そういえ事だ、これからは俺達3人でお前の勉強を見てやる。―ただし、」 「そんなたるんだ奴の名前を呼んでやるつもりはない!このたわけが!!」 これ以上縮こまれない俺に、今まで部長の後ろで待機していた2人が追い討ちをかける。 こうして、俺のテストまでの地獄月間は始まったのだ。 その後、次の試験結果では俺の名前が掲示板に載っていたとかいないとか。 H23.11.23 back |