その名前は

好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。

今まで、俺はそんな風に物事をはっきりと二種類に分けて考えてきた。

つまりは好きか嫌いか、あるいは白か黒か。

だからこんな気持ちは知らない。知らないんだ。
あの人が視界に入ると喜びに高鳴る胸。しかしそれと同時に締め付けられるように痛くなる心。

どうしてこんな事が起こるのかさっぱり分からなかった。

理由なんて考えても出てこない。ましてその感情につける名前なんて知る由もなくて。
そうして俺は今日も今日とて眠れない夜を過ごしている。






また副部長に怒られた。
殴られた頬が痛い。そりゃ簡単なミスをした俺も悪いとは思うけれど、そんなばんばんと殴ることないと思う。

「また弦一郎に怒られたのか?」

コートの隅にしゃがみこんでふて腐れていると、俺の上に影が落ちてきた。
声につられて顔を上げれば、自分を覗き込むようにして立っている柳先輩の姿があって軽く驚く。今日は生徒会かなんかで来られないと聞いていたからだ。

「…そーっすよ」

会えないと思っていたのに会えたという嬉しい事実はあったがそれを表に出す気になれなくて、素っ気無くそれだけを返す。柳先輩はいつもと違う俺の様子に首を傾げたが深い追求はして来なかった。
この先輩はいろんな人の情報を集めるのが好きなのに、その人個人個人が絶対に知られたくないと思っている部分には決して手を出してこない。それに気付いた時、以外だと感じたのを覚えている。

柳先輩は再びただじっとコートの中を睨む俺の頭をぽんぽんと撫でると、そのままラリーを終えた副部長の元へと歩いていってしまった。

途端に感じる喪失感。

そしてなんだかもやもやとする気持ち。

それは柳先輩と副部長が言葉を交わすたびに大きくなっていく。

何だというのだ、本当に。
これではまるで嫉妬してる女みたいだ。…嫉妬?
誰が誰に?どうして?

自分が例えた言葉の意味を考えて、再び頭を悩ませる。
ぐるぐるぐるぐると回転するのは矛盾する二つの感情で。

先輩に名前を呼ばれるときゅんと胸が締まって痛い。でも呼ばれなかったらどこか穴があいてしまったような錯覚をおこす。
先輩が視界に入ったら心臓の鼓動が早くなって苦しい。でも姿が見えなければどこかのパーツが抜け落ちたような感覚に陥る。

どちらも嫌いなんだ。俺は。

苦しいのなんてたまったもんじゃない。

だけど英語みたいに消えて欲しいとまで思ってしまうような「嫌い」とはまた違う。

ああ、この感情は何なのだ。

嫌い、でも他の嫌いとは違う
好き、でも一緒に苦しさも伴ってくる

「嫌い」とも「好き」とも決められないこの気持ち。
白黒はっきりしないこのグレーの原因は、まだ当分わかりそうにない。



(弦一郎。最近赤也がじっと此方を見ている気がするんだが…)
(? 気のせいではないのか?)
(いや…。…これは期待してもいいのかもしれないな)
(さっぱり話が読めんのだが…)

END


赤也が「恋」だと自覚する前の話

H23.10.30

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