一先ずはこれで

2ヶ月前、俺は想いを寄せていた先輩に告白した。

幸せな事にそれは受け入れられて、今自分とその人は恋人という関係にある。

それはとても喜ばしい事で毎日が幸せであった、それは間違いない。
でも俺には1つ悩みがあったのだ。

「……俺、柳先輩とちゅーしたい…」

ぶはっと隣でドリンクを吐き出す音が聞こえたので眉を寄せる。音の主はジャッカル先輩だ。
因みに今は部活帰りにマックでハンバーガーをおごってもらっている最中である。この先輩と仲の良い丸井先輩はと言えば1人で最近出来たというケーキバイキングの店へと走って行った。

「お前…、そういう事こんなとこで言うなよ…」

「だって仕方ねーじゃないっスか」

そう、付き合って2ヶ月。未だに柳先輩とはキスをした事がなかったのである。

「まあ気持ちはわかるけどよ、柳だってあの性格だし焦っても仕方ねーんじゃないか?」

注意しつつもちゃんと話を聞いてくれるジャッカル先輩は本当に人がいいと思う。その性格で損をしているのも事実だが。
まあそれでも俺にとって頼もしい事に変わりはない。

「そりゃ俺だってそれは分かってるっスけど、やっぱり先に進みたいんス」

「あー…」

おごってもらったオレンジを飲みながら不貞腐れたように告げれば、先輩は困ったように笑った。

「まあ、柳がお前のこと好きなのも事実なんだからそんなに悩む必要ないと思うぞ」

そう言って立ち上がった彼は「家の手伝いがあるからよ」と残して場を立ち去ってしまう。

残された俺はと言えば1人寂しく突っ伏しながらも、脳内では如何にしてキスをさせて貰うかということを考えていた。

「(あんまり遠回しにすると流されそうだし、だからといって直球だと引かれるかも…うぐぐ…)」

結局答えなど出なくて、外の黒が深くなっていたのに気付いた俺はそのまま店を出たのだった。








…考え過ぎて寝不足だなんて笑えない。

翌日、朝練に参加しながら眠い目を擦る。
もうこれでもかという程俺の頭は柳先輩の事で一杯だった。自分でも分かる、ばかだと。
何たってここ暫く脳内を占領しているのはあの人で、挙げ句夜も眠れずこの状況である。

サーブはダブルフォルト、ラリーで目立つ明らかなイージーミス、それに加えて反応の遅れによる取れないボール。

いくら今の相手が真田副部長でもこれは許されない。

「赤也あああああああ!」

案の定、朝早い立海テニスコートに真田副部長の叫びが響いた。

「何だそのミスは!たるんどる!!眠いなら顔を洗ってこんかあ!!」

「ひいいいすんません!ちょっと行って来ます…!」

殴られる前に逃げるが勝ちだとそそくさとその場を退散する。

向かったのは水道では無く部室だった。それは気分を少しでも落ち着く為だったのだが…。

「赤也?」

何でこの人がここにいるんだ。

開いた扉から見えたのはノートを見ているいつも通りの柳先輩の姿だった。
これでは落ち着く何てこと出来るはずがない。

「えと、いやあの…忘れ物を…」

「そうか」

挙動不審な俺とは対照的に柳先輩は涼しい顔で筆を走らせている。

ロッカーを開けながらチラリとその背中を盗み見れば、座っている先輩の何時もは見えないうなじを見ることが出来た。


…触れたい、触りたい


そんな俺の中に生まれた欲求に身体は素直で。
気付けば後ろから柳先輩に抱きついていた。

「…ッ どうしたんだ急に、」

「柳先輩」

キスしたいっス。

そう耳元で囁けば、少しだけど先輩の肩がびくりと揺れる。

一人の時はうだうだと悩んでいたのに、本人を目の前にすると意外な程素直にその言葉を紡ぐ事が出来た。

案外俺の肝は据わっているらしい。

「ダメっスか…?」

腕の中にいる柳先輩をぎゅっと抱き締めれば、ひゅっと息を呑むのが分かった。

そのまま下を向いて黙り込んでしまった先輩に、引かれたのだろうかと思ったが、口を開いた柳先輩の言葉と行動にその考えが飛んだ。

「…ここは部室だぞ、今はだめだ。だがな」

ちゅ、っというリップ音と額に感じた温度に一瞬何が起こったのか分からなくなる。

「これぐらいなら構わない。後はまた今度だ」

そう言われながら口に指を当てられて、自分の顔が熱くなるのが分かった。



…案外、俺の恋人は大胆なのかもしれないと思ったある日の朝。







(赤也!お前は顔を洗うのにどれ程時間が掛かっとるんだ!!)
(ちょ、真田副部長ちょっと待っ…!)
(問答無用!!)
(ぎゃああああああああああああ)
(………やはりサボっていたのか、赤也…)

END

初ちゅーを!と思って書き始めたのにでこちゅーになりました

H23.10.11

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