さよなら私の日常 | ナノ

これがいわゆるドジですか
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よく考えてみれば簡単なことだったのだ。
そりゃ科学的なことを考えないこと前提なのだけども。
彼が着ていたジャージはよく漫画の中で見ていた黄色いものだったし、辺りにいた生徒たちは自分がよく読んでいた話の中にいた人達にとても似ていた。いや、間違いなく本人である。そうでなければここはやたらとセットに凝ったドラマの撮影現場か、もしくは気合が入りまくった完璧主義の方々のホームであることになってしまう。
一先ずは現状を受け入れることが出来た実里は腰を下ろしていた木陰から立ち上がった。

「んー!…そうか、これが俗に言うトリップというやつか…」

軽く伸びをしながらぽつりと洩らす。大好きなサイトなどで読んで知ってはいたがまさか自分で経験するとは考えてもいなかった。こんなこと早々あってもらっても困る。全力で。
なんたって自分はもうすぐ大切な試合が…。
そこまで考えて気付いてしまった。これはいかん、そう実里の頭が訴えていた。
好きな世界に飛んだのはもう幸福中の幸福かもしれない、しかし時期が問題であったのだ。

「もう直ぐ試合だってのにどうしてくれんだよおおおお」

こんなスポーツやっているようで実は戦闘なのではないかと思えてしまうような人たちがいる世界で自分に何が出来るというのか。答えは明白である。そう、何も出来ない。
実里はそう思いついさっき立ち上がったばかりだというのにそのまま地面に膝をついて呻いた。もうこうするしかなかったのだ。どうしても自分の中にあるやるせなさが発散出来ない。

「あああああああ私にどうしろと…!!神様のいけず!!あああああ」

傍から見れば異様なその光景。しかし部活が始まっているような放課後、そんな時間にこんな校庭から離れた木の下に眼を向けるものなどいないと実里は考えていたのでそれはもう存分に呻いていた。それが間違いだったのだ。

「おい…さっきからうるさいぜよ…」

実里の座っていた木のちょうど反対側に人が寝ていたのである。
どうしてそうタイミングよくそんなところで寝ているんだ。部活はどうした。そんな冷静な考えが実里の頭をよぎったが、目の前の銀髪の少年がそんなことを知るはずも無く不機嫌そうに見下ろされた。
ああ、そりゃ睡眠妨害されたら誰でも怒るよね。うんわかるわかる。

「あー、ごめんね?えっと、人いるとか思わなくて」

先程幸村に会ってからの私の教訓、テニキャラに何かやっちゃったら潔く謝るが吉。実里は謝るという行為が苦手であったのだが、今回ばかりはしかたなかった。変に回避しようとするとややこしくなってしまうからである。
謝りさえすれば相手だってそんなにつっかかって来ることもないだろう、そう思っていたのだ。それは今目の前にいる仁王雅治だって同じはず、その考えが甘かった。

「ほー、おまいさん反省しとるんか」

上から落ちてきた言葉のニュアンスにふと違和感を覚え顔を上げる。そして仁王の顔を見て後悔した、見なければよかったと。だって仁王の顔、確実に何かよからぬ事を考えている顔だったんだもん。え、何ですかその顔。逃げてもいいですか、答えは聞いてないけど。

「あーっと、えーあの私用事あるんで行くね?それでは!」

ゆっくり立ち上がりそれを言い終わるか否かぐらいのところで後ろに向かって走り出す。
いくら向こうがテニスで全国大会出場している人物でも寝起き、それに加え実里は女子とはいえ運動部であり身体を普段から鍛えているのでそれなりの体力はあるのだ。逃げ切れる、そう確信してその場を後にした。





「あー逃がしてもうた…」

目の前から脱兎のごとく逃げ去ってしまったジャージ姿の女子を見送って仁王は呟いた。
その眼はとても愉快そうである。

「さて、これどうするかのう」

そう言って地面に視線を落とせば、先程まで実里が持っていたテニスバックが持ち主を無くして寂しそうに横になっていた。
そう、実里は慌てるあまり自分の荷物を置いていってしまったのだ。
仁王はそれをひょいっと持ち上げる。ひっくり返してよく見てみるとバックの端の方に文字を見つける事が出来た。そこには「九条実里」と書かれている。

「(ふーん、九条、なあ…)」

聞いたこともない名前に仁王は小首をかしげた。
ここにいるということは立海生の可能性が高いが、これはもしかすると他校生なのかもしれない。

「参謀なら知っとるかもしれんのう…」

ふと思い当たって仁王はバックを持ってテニスコートに向かった。





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