さよなら私の日常 | ナノ

これこそ天変地異だ
[2/10]

私、九条実里は走っていた。
それはもう出会った教師達が振り返ってまで「廊下を走るなあああ!」と叫ぶほどに。
こんな時代に教師をここまで熱くさせるなんて一種の才能なのではないかと、我ながら冷静に思った。しかしこんな事を考えている間も足は止まらず動き続けている。
これには理由があるのだ。
話は数十分前まで遡る。

一日の授業が終わり、やっと部活に出ることが出来ると席を立った時のことだ。
いつの間に立っていたのか、実里の前には担任の教師がいた。
実里は子首を傾げながら教師に「どうしたんですか?」と問いかける。実里のそんな様子を見て微笑みながら彼はこう言ったのだ。

「今日英語の補習あるからでなさいよ」

と。
実里がその言葉を聞いて青くなったのは言うまでもない。しかしそれはただただ楽しみにしていた部活に出るのが遅くなってしまうだとか、成績が更に下がってしまったのかという落胆だとかそういうものから来たものではなかった。いや、確かにそれらも原因の一つだったかもしれないがもう一つ重大なことがあったのだ。

『明日は今度の公式戦のメンバー決める大事な試合するから遅れんなよ?』

これは昨日、よく部活に遅刻してしまう実里に部長兼親友が告げた言葉だった。
補習が終わりバッと時計に目をやればもうとっくに部活は始まってしまっていて、実里はそれを確認するやいなやテニスバックを持って教室を飛び出したのだった。
これが、今実里が走っている理由である。
部室に飛び込んでぱっぱと着替え、軽く髪をくくってバックをそのままにテニスコートに向かう。見えてきたコートの中では見知った顔がラケットを振っていたが、まだ試合はしていないようだったので少し安心しながらも突っ込んできた勢いそのままコートの入り口であるフェンスを押し開けた。

そして実里は驚愕することになる。

目の前に広がっていたのは見知った友人でも自らがいつも走りまわっていたテニスコートでもなかったのだから。

「……え、君誰だい?」

そう、目の前にあったのはやたら目鼻立ちの整った男の子と、ここはテニススクールですかと問いたくなるような奥にいくつも並んでいるテニスコート、そしてそこで練習している同年代くらいの男の子の姿だったのだ。

「…は、はあああああああああ??!ここどこいずこ?!!!」

実里の頭では理解することが出来なかった。それはそうだろう、どうして先程まで中でテニスをしていた友人達が見えていたフェンスを越えたにも関わらず見たこともない風景が広がっているのか。
ハッとして振り返るがそこにフェンスの姿はなかった。
何がどうなって今ここにいるのか意味のわからない現象に実里の頭はスパーク寸前だった。そう、限界ぎりぎりだったのだ。
だから先程からあたふたと挙動不審にあちこちしている自分に話しかけていた人物がいたことに気付いていなかった。

「あのさ、君聞いてる?」

やっとその事に気付いた時にはもう既にその人物の目は笑っていなかった。
後ろに黒いオーラが見えるのは気のせいであろうか、むしろ気のせいであってくれと実里は願う。しかし悲しいことにそれは変えようのない事実で、出会ってそうそうその相手に頭を下げるという事態になってしまった。
いくら神経の図太い実里であっても初対面の相手にそうそう頭を下げるなど屈辱であったので、取り敢えずこの相手は心のブラックリスト入りさせようと心に決めた。
そこまで考えて睨むように相手を見る。
藍の混ざった綺麗なウェーブを描いた髪にヘアバンド。一見女の子にも見えてしまいそうな整った顔立ちに意志の強そうな瞳を男の子は持っていた。
なんだただのイケメンかと実里が脳内に記憶しようとした時だ。ふと違和感を感じた。
それはちょっとしたもので原因がわからないものであったが、確かに感じたのだ。
気になり改めて男の子の顔を見つめる。すると相手も此方をじっと見てきたので暫く睨み合いが続いてしまった。沈黙を破ったのは相手だった。

「君変わってるね。どこから入りこんで来たのか知らないけど練習の邪魔はしないでね」

先程と打って変わって優しく笑うと、男の子はそのまま背を向けた。
そこで実里はハッとする。ブラックリスト入りさせるにしても名前を知らなければ避けようもないではないか。

「ちょ、ちょっと待って!名前!」

慌ててそう呼び止めると、きょとんとした彼は少し考えた後「幸村精市」とだけ言い残して行ってしまった。
コートの端に立ち尽くした実里は少し考えて叫んだ。それはもう盛大に。
実里の中でもやもやしていたものが線で繋がったのだ。

「ここもしかしなくても立海じゃねえかあああああああ」

叫んだその直後、あちこちから痛いものを見るような視線を感じ、いたたまれなくなった実里はいそいそとコートを後にした。

H23.09.02


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