さよなら私の日常 | ナノ

なるようになった
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ここまで自分のその場のノリで決めてしまう性格を呪ったことが未だかつてあっただろうか?いやない。断言できる。
テニスコートの端でぶつぶつと言いながら実里は呆然としていた。
放課後に早速仁王に引っ張って来られ入部届けを提出して、その後他のマネージャーさんたちに挨拶し終わったら放置を食らったのである。何をすればいいのかさっぱり分からない。
ただそこに立っているだけ、というのもなんだか癪であったのでテニスコートの練習に目を向ける。そこには黄色いボールを追いかける少年達の爽やかな姿…ではなく限りなく黒いオーラを纏った幸村に、目を真っ赤にさせた赤也が挑んでいるというRPGのラスボス戦が広がっていた。やはり自分は来るところを間違えたに違いない。

「なんだこれ…」

ボールが殺人兵器のように見えてくる。全くもって勘弁願いたいものだ。…そういえば自分はこの人たちとラリーできるからとか何とかそんな理由でマネに入ったのではなかっただろうか。そんなことしたら確実に死んでしまう。どうしよう逃げたい。

「こんなところで立ち尽くして何をやってるんだ?」

真っ青な顔をしながらテニスコートを見ていると声をかけられた。
声の主は昨日もお世話になった柳である。その整った顔は少し顰められていた。どうやらサボっていると思われたらしい。

「えっと、柳だっけ?いやちょっと試合?見ててさ」

そう言ってマネの仕事は明日からだってと付け加えると、眉間に皺を寄せていた柳の顔が幾分柔らかくなった。目の前で起こっているのが試合なのか戦闘なのか判断できず思わず語尾が上がってしまったがまあ問題ないだろう。柳もその事に関しては大して気にも留めていないようだった。

「ああ、精市と赤也か」

あの2人の試合は見ていて飽きないぞと微笑まれる。きっと柳は成長を楽しんでいるのだろう。その顔は見守る人のそれだった。言い換えれば正に保護者である。
しかしそんなほのぼのとした空気は次の柳の言葉によって潰されることになった。

「そういえば先程仁王がお前と打ちたいと探していたぞ」

「え」

本気で嫌な顔をしてしまったのは仕方ないと思う。だってこんな凄まじい戦と…試合を見た後なんだもん。確実に負けたらそこにあるのは地獄だ。
そんな実里の様子を見ていた柳に不思議そうな顔をされた。

「なんだ、上手い奴と打ちたいのかと考えていたのだが違うのか?」

「違わないんだけど違うんだよ」

「意味がわからん」

ですよねーとしか返す事ができない。
だが実際違うのだ。あんな華麗なショットのラリーがしたいんじゃなくて、もっとこう普通のものを求めているのに。

「なんというかさ、普通のラリーがしたいだけなの」

自分の思いをうまく言葉に表す事も出来ずに結局そんな単純な回答しか出来なかった。
そんな実里を見て少し考えた素振りを見せた柳は「そうだ」と口を開いた。

「そんなに仁王が嫌なら俺と打てば良い」

…参謀様、今なんと?

思いがけない申し出に実里の頭が一瞬フリーズした。全くもって予想外である。柳が直々に打とうなどと言ってくるなんて。
まさか仁王の変装ではないだろうなと疑ったが、仁王はこんなに背高くないと失礼な事を思い出し顔を引っ張るのを踏みとどまった。

「え、それはどういう…?」

もしかすれば聞き間違いかもしれない。そんな希望を抱きながら再度訊ねたのに柳はそれを「俺と打とう、着替えてこい」という言葉でいとも簡単に折ってしまった。
ここまで言わせてしまうと逆に断わりずらくなってしまう。
仕方なく着替えるために部室に向かった実里はこの後恐ろしい目に合ってしまうのであった。








「ゲームセット!ゲームカウント6−0!」

審判コールが高らかにテニスコートに響く。
実里は切れ切れになった息を整えながら自分の今置かれている状況について再度整理した。
幸村と赤也の試合を観戦してて、柳に話しかけられて、一緒に打とうって誘われて…どうしてこうなった。
自分の記憶が正しければ先程までしていたのは「軽い打ちあい」などではなく「試合」である。意味が分からない。
もうその場から動くことも出来ないといった実里の前に大きな影ができる。影の主は今実里をこのような状態にした張本人である柳だ。

「お前はおもしろいテニスをするな」

スッと手を差し伸べられてそう告げられる。面白い…?どういう意味だろうか。
そんな疑問を抱きながらも握手を交わして取り合えず近くのベンチまで連れて行ってもらう。ここまでしてくれた柳に礼を言おうと思ったのだがこの後続けられた彼の言葉にそんな気持ちはどこかへ飛んで行ってしまった。

「とてもマイペースなテニスだ」

「は、い??」

何なのだそれは。マイペースってそれは褒めているのか?
言いたい事を言って満足したのかそのまま柳はコートを出て行ってしまった。大方ドリンクでも取りに行ったのだろう。
実里は柳の言葉にもやもやしたものを抱えてしまったが、それでもここまで息が乱れるほどにテニスをしたのは久々であると息を吐く。確かにフルボッコにされていたが楽しかったのだ。

「ここも、そこまで嫌なとこじゃない…か」

ベンチに横になりながら実里は呟いた。



この後眠ってしまった実里は、戻ってくるのが遅いとわざわざ迎えに来た幸村に見事サボっている所を目撃され説教に加え1週間朝の掃除当番を言い渡されたのだった。


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