誰しも1人になりたい時ってあるだろう?
何故か無性に人と距離を取りたくなって、人から離れてみて、ただただ1人で色々な事について考えてみたくなる。
考える内容なんて物は決まってない。ああ、でも俺の場合はテニスや将来や仲間の事が多い気がするな。
そんな時、俺は決まって校庭の隅に備えられている花壇の奥にへと移動する。学校と外界を隔てるブロック塀と、その前に少しの隙間を作って置かれた花壇。
その真ん中の空間は、まるで世界から隔離されたような場所だ。そこは花壇に植えられた花達のお陰で座りこんでしまえば誰からも見えない、死角になっていた。
ここにいれば見つかることは絶対にない。
だから考え事をする時や、自分の時間を邪魔されたくない時なんかはとても役に立った。
なのに、これはどうしたものなのだろう…。
何時も通り、変わらず花壇までやって来たのは良かった。しかし、俺は花達に水をやろうとしたところである事に気が付く。
通常なら奥のブロック塀が見えるだろうそこに黒色の影。
それが人の頭だと認識するのにさほど時間はかからなかった。
良かった、うっかり人に水をかけるところだった。…いや、問題はそこではない。
「…柳?」
出ていた頭を見てまさかと思いつつも声をかけてみた。しかし、反応は無い。
人違いでも此方を見てくれるくらいしてくれたらいいのにと思う。だが、見えていたそれがどうしても柳のものとしか思えない。
「柳」
確認のためもう一度名前を呼んでみた。やはり反応は無い。
ここまで無視されてしまうといっそ清々しいものだ。
放っておいても良かったが、このままでは水やりは出来ないだろう。仕方なしに俺は花壇の反対にへと回ってみる。
近付いて確認するとやはり座り込んでいたのは柳だった。彼の前にしゃがみこんで、俺はある事に気が付く。
「…何だ。こんなところで寝たら風邪ひくじゃないか」
すーすーと聞こえてくる規則正しい呼吸音。
珍しい事もあるものだ。あの柳が学校で寝ている、だなんて。
それも俺がこんな近くにまで来ても起きる様子を見せない。試しにさらさらと顔にかかっている髪を横に流すようにしてやるが、全く起きる気配が無い。無防備すぎる。
しょうがないと俺は柳の隣にへと腰を落とした。
「ねえ、ここ俺の秘密の場所なのに何でお前が知ってるのさ」
寝ているのだから構わないだろうと、言いたい事を続けて行く。
「それにしても、柳が学校で寝るだなんて信じられないや。また…真田かな」
当然反応なんて物は無い。
「馬鹿だよね、柳。傷つくってわかってるのに」
さらりと再び髪に触れる。俺とは違い、癖というやつが無い柳の髪は指に絡む事もなくさらさらと落ちていった。
「まあ、俺には関係無い事だけど」
手から髪が落ちきると同時に予鈴を告げるチャイムが鳴り響く。ああ、当初の目的は果たせず仕舞いだな。
「…今日だけはここかしてあげる」
ゆっくりと立ち上がり着ていたブレザーを脱いで掛けておいた。仮にも柳はレギュラーなのだ。風邪なんてひかれたら大変だから。
持ってきていた、結局使いそびれたじょうろを手に取り校舎にへと向かう。
ああ、なんてむかむかするのだろう。
授業に出たい気分じゃない。けれど俺の取って置きの場所には柳がいる。
俺ははあ、と1つため息を溢して教室にへと足を進めた。
* * * 足音が近付いて来ているのには気付いていた。
しかしこの場所は精市が何時も隠れていた場所で、だから見つからないだろうと大して気にも留めていなかったのに、まさかやってきたのがその精市本人だった事には驚いた。
ここが、精市の大切な場所だと言うことには勿論気が付いていて。だから名前を呼ばれた際には怒られる覚悟をした。でも、動くことは何故か出来なくて。結果、寝ていると勘違いされたらしい。
俺が寝ているというのをいい事に有ること無いこと言ってくれるのだからたまったもんじゃない。挙句髪にまで触っていかれた。俺がどんな気持ちで狸寝入りを決め込んでいたのか知りもしないで。
掛けられたブレザーをぎゅっと握り締める。
本当は、予鈴が鳴ったら戻るつもりだったというのに…こんな優しさを貰ってしまっては、動きたく無くなってしまうでは無いか。
そっと頭を動かして花壇に咲いている花達の間から校舎の方を覗き見る。そこにはもう精市の姿は無かった。
「精市…」
彼が自分を見ていないのなんて、知っているのに。「関係無い」だなんて直接言われてしまえば更にそれを自覚することになってしまう。
俺が好きなのはお前だというのに、何故お前は何時も弦一郎の名前を出すのだろうな?
自らの膝に顔をすり付ける。触れた場所からズボンが膝に付くのがわかった。
鳴り響く本鈴を聞きながら、俺はブレザーに残された微かな温もりを確かめていた。
ENDH24.03.18
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