終わるなんて言わないで





さようならとアンタは言うけれど、さよならする気なんて全くおきなくて。
アンタのためを思うなら言うとおりにした方がいいという事も分かっているのだけれども。
でも俺は、どこまでもわがままな子どもだから。

だから、そんなアンタの言葉なんて聞くつもりないんスよ。

***


柳先輩が俺のことを屋上なんかに呼び出したのは寒い冬のことだった。

時期的にはもう冬休み間近という頃。

気付けば先輩達はあまり部活に顔を出さなくなっていて、いよいよ俺が部長なのだという焦りなんかが生まれてきていた時の話だ。

「急に呼び出して悪いな」

昼休みよろしく、ざわざわとした校庭を見下ろしていた俺に柳先輩が声をかける。
賑やかな校庭と異なって、屋上にある人影は俺と柳先輩以外に見当たらなかった。ゆっくりと振り返ればここ最近あまり会話も出来ていなかった先輩の姿が視界に入る。ああ、何だかとても久々な気がする。

「別に大丈夫っスよ、どうしたんすか?」

「…話があってな」

「話っスか」

普段見せないような、深刻そうな表情を浮かべた柳先輩に違和感を覚えた。何と言えばいいのだろうか。まるでこの世の終わりみたいな、そんな表情に見えたんだ。
気のせいなのかもしれないけれど。

「ああ、お前に大事な話があるんだ」

大事な、という部分を強調するかのように、柳先輩はそこだけをもう一度繰り返した。自然と俺の心も引き締まる。

「別れて欲しいんだ」

「は?」

一瞬時間が止まったかのような錯覚を起こした。
何?今この人は何と言った?

「だから、別れて欲しい」

「…なん、で…」

「理由なんて、ひとつだろう?」

先程と打って変わって、感情の無い先輩の目が俺を捕らえる。
意味が分からなかった。確かに最近、先輩達が部活を引退してからというものあまり会えていなかったけれど。…それが原因で嫌われたのだろうか。柳先輩に。

「気持ちがもうお前に向いていない。だから別れて欲しい」

ふと、自分にとって最悪の想像が頭を過ぎったと同時に、それを後押しするかのように先輩の言葉が俺に突き刺さる。

「俺のこと、嫌いになったってことっスか?」

震える身体を隠して、出来る限り落ち着いた声を出そうと心がけた。
俺のそんな問いに柳先輩は「嫌いになった訳ではない」と答える。
その答えに俺は少しだけ安堵を覚えた。

「じゃあ、どうして」

「先程から言っているだろう?もう気持ちがお前に向いていないんだ」

さらりとそんな言葉を投げつけてくる先輩。
柳先輩は「呼び出したのはこれを伝えるためだ」と残して俺に背を向けた。

「…俺の返事は聞かないんスか」

「…すまないな」

こっちを振り返りもしない。流石にこのまま終わりになんて出来るはずもなくて、俺は柳先輩の腕を引いて無理やり先輩の足を止めた。変に引っ張ったせいで柳先輩がよろける。
それを支えた時に、ふと柳先輩の頬が光を反射していることに気付いた。
これはもしかすると…。

「赤也。離してくれ」

「いやっス」

「…離すんだ」

「嫌だ」

「……」

「……」

無言が俺達の間を支配する。
わいわいと五月蝿い校庭の声が遠くに聞こえる。
柳先輩は決して振り返らない。その理由は先程なんとなく気付いた。

「俺。絶対に別れませんから」

「…諦めの悪い男だな」

「なんとでも。だって柳先輩」

そうやって名前を呼んで、ゆっくり振り返らせた先輩の頬は案の定濡れていた。
どうせこの人のことだ。俺と会えていない時、変な心配ばかりしていたに違いない。それで自己完結なんてこっちからしたらたまったもんじゃないわけで。
今回だって、きっとそのパターンだ。ああ、でも。不安にさせてた俺にも責任はあるのかもな。ちょっと反省。まさか別れ話を切り出されるなんて。

そんな泣き顔で言われても、全然説得力ないっスよ
だから、もう終わりだなんて言わないで下さいよ

ねえ?柳先輩?



―そう言って触れた先輩の涙は、なんだか少し温かかった。
END


H24.02.27

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