「ほらそこ!動きが悪いよ!」
翌朝は朝日が眩しいほどの快晴だった。
まだ朝と言うだけあって、夏前にしては涼しいコートに俺の声が響く。
久しぶりの感覚。こうやって皆に指示を出していた半年前がやけに懐かしい。
俺の掛け声に応えて部員達が一斉に「はいっ!」と声を上げるのが何だか嬉しかった。
「張り切っているな、幸村」
「真田。おはよう、報告は済んだかい?」
「ああ、おはよう。快い返事を貰えたぞ」
真田が持っていたプリントを受け取ると、そこには「グラウンドの割り当てについて」と文字が踊っている。
そう、これは他クラブと共有しているグラウンドの使用についてのプリントなのだ。
普段からテニス部は何かと優遇されているが、グラウンドに関しては様々なクラブが共に使っているのだからいざこざを避ける為に前もって許可を取る必要があった。
交渉に行っていた真田がこんなに早く戻って来たということは、今回は何の問題も無く許可が降りたのだろう。
「ありがとう。そういえば柳は?」
「蓮二なら部室に寄ってから来るそうだ。そのプリントのコピーを刷っていたからきっとそれだろう」
真田と共に交渉に向かった柳の姿が無い事に気が付いて訊ねれば、ある意味想像通りの答えが返ってきた。
恐らくそのプリントには、部員それぞれに対してのグラウンドでの練習内容が書き加わっている事だろう。
本当にうちは頼もしい参謀を持ったものだ。
「ならもう少しかかりそうだね、先にラリー練習に入っておこうか」
「そうだな…本当に普通に動いても大丈夫なのか?」
「真田くどいよ」
心配性な彼に苦笑が洩れる。昨日のうちにあのまま試合してやれば良かった。
確かにまだ本調子では無いが、昨日ラリーした感じではテニスの感覚は大分戻って来ている。
「む、すまんな。俺達も練習に入ろう」
「うん、そうだね」
真田と一言二言交わしてから軽いラリーを行っている輪に混じる。
黄色いボールを追い掛ければ、風が頬を過ぎ去って行った。
そう、この感覚だ。
忘れるもんか。あの白い部屋の中でも、この感覚だけはいつでも頭の中にあった。
でもこれではまだ駄目だ。まだこの先、俺が求める感覚はまだこの先にある。
「…もう少し、」
腕に力を込めてボールを打ち込む。
それはそのままをネットを越えてエンドラインギリギリに入った。
もう少しだ。
皆の部長として、倒れる前の、いや、それ以上のいい部長として…皆の上に立つ。
それには今のままではまだ駄目だから。
次のラリーに入る為にボールを構えれば、ネットの向こうから「ちょっ、部長まじ容赦無いっスね?!」という赤也の声が聞こえてきた。