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先程まで私に文句を言っていた先輩があわあわと唇だけを動かす。
言いたい事はある、しかし言葉が出てこない、といった様子だ。


「柳、くん…」


暫くそれを繰り返していた彼女が漸く口にしたのは柳先輩の名前だけだった。
そっと柳先輩の顔を覗いて見れば、先程の台詞から感じた威圧感とは裏腹に普段通りの落ち着いた表情だ。怒っているのかと思っていただけに意外である。


「何だ?上島」


ここで初めて知ったが、どうやらこの先輩の名前は上島と言うらしい。今度からは上島先輩と呼ばせてもらおう。

そんな私の頭の中はさておき、二人に意識を戻す。
どうやら、柳先輩に聞き返された上島先輩は口籠もりながらも「何でもない」とだけ残して教室を出て行ってしまったようだ。

何事だ何事だとクラスの人達が此方をちらちら見ている。
何時までも床に座り込んでいるのは流石に恥ずかしかったので、私はのろのろと立ち上がり先輩の隣についた。


「あの、柳先輩」

「華宮。やはり来ていたのだな」

「え?」


まるで私が来ることを予想していたかのような言葉。私は首をかしげて先輩を見上げる。


「お前の昨日の行動パターンから来る事は予測出来ていた。しかし知っているかもしれんがテニス部のレギュラーは何時も集まって食べていてな、行けないと伝えるのに思いの外時間がかかってしまったんだ」


え、と…。つまり柳先輩は私が来るのを知ってて、尚且つ私と一緒に食べる為に教室を離れていた…ということでいいのだろうか。
少々、いやかなり自分の良いように考え過ぎている気がする。自惚れるな私。

私が疑問に思っていたことに対して、さらさらと先に答えてくれた柳先輩の言葉を良いように解釈しそうになった。


「わわ、ありがとうございます柳先輩…!」


それでもやはり嬉しいものは嬉しい。
素直にお礼を言えば、柳先輩は優しく笑って「ああ」とだけ返してくれた。


「そう言えば」

「?」

「…いや、何でもない。どこで食べようか?」

「私、外で食べたいです!」

「そうか。なら中庭に行こう」


柳先輩はそう言いつつ教室を出る。そんな先輩の後をとことこと付いて歩く私。ふと歩いてる最中に後ろを振り返った先輩は「使え」と絆創膏を渡してくれた。どうやら私が膝を擦り剥いていたのに気が付いていたらしい。有り難く好意を貰っておく。勿体ないので使うなんてこと出来そうにないけれど。

中庭に付くまで会話はなかったけれど、それでも私にとっては楽しい時間に変わり無かった。

中庭に着いて、辺りを見渡せばいい具合に空いているベンチが1つ。
2人揃ってそのベンチに腰を下ろす。そんな私達の間にはまだ1人座れそうなスペース。これが、今の私と柳先輩の距離なのだ。
先輩が提示した"2ヶ月"という期限までに、少しでもこの距離が縮まればいい。

残り1ヶ月と29日。
まだまだ柳先輩に認めて貰えるまで先は長そうです。




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