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朝聞こえてきた声が気のせいであったかのように、その後昼休みまで今までと変わらない時間が流れた。

4限目の終わりを告げるチャイムがなる。
私は麻衣に一言声を掛けてから教室を飛び出した。
目指すは3ーF。
2年生とは階の違う3年生の教室まで、お弁当を持って駆け足で向かう。
約束をしていたわけではない。昨日はもう有頂天でそんな余裕はなかった。
ただ、もし共に食べる事ができるならと柳先輩の教室を覗いたのだ。

開いたドアからひょこりと顔を出し教室を見渡す。
しかし、やっぱりと言うか何というか、昨日柳先輩が座っていた席に彼の姿は見付けられなかった。
予想出来ていたとはいえやはり落胆はあるもので。私はがっくりと肩を落とした。同時にはあ、とため息まで出てくるのだから困ったものだ。

大人しく教室に戻ろう、恐らく麻衣にからかわれるだろうが、彼女は笑いながらも慰めてくれる事だろう。

そんな事を考えながら3ーFに背中を向けたその時だ。
突然私は腕を引かれ教室にへと連れ戻された。


「え…?!」


急な事に私の身体はついていかず、勢いそのまま教室の床にダイビングする事となる。受け身も取れなかった為、床と擦れた膝が痛い。
しかし今はそんな事よりも誰が私の腕を引いたのか、其方の方が問題だ。
この教室には柳先輩以外に知り合いはいない。そしてその柳先輩は今教室にいないのだ。
つまり私の腕を引いてからかうような仲の人はここにはいないわけで。


「何…?」


擦れた膝を庇いながらも上を見上げる。
そこには大人しそうに見える、恐らく先輩の女生徒の姿があった。


「…あなたでしょ?」


…何が?

え、今の主語足りてなかったよね?

しかめっ面で睨んでくる怖い先輩に、私は素直に首を傾げて「何がです…?」と返した。
私きっと間違ってないよ、うん。

しかしそんな私の行動も気に入らなかったのか、先輩の眉間の皺がいっそう増えた。先輩、整った顔しているのに勿体ないですと言ってあげたい。しかし今はそんな事を言っていい空気では無かった。

だって明らかな殺気が彼女から出ているのだから。
そして彼女は静かに「何が、ですって…?」と皺を寄せたまま眉を動かした。器用すぎます先輩。


「柳くんのことに決まってるでしょう?聞いたんだから、昨日の話」


…ああ。朝の会話は気のせいでは無かったようだ。
そして察するに彼女は柳先輩の事が好きだったのだろう。…何だか申し訳ないことをした気分だ。
私も柳先輩に思いを寄せている身、こうやって私に詰め寄るこの先輩の気持ちは分かる気がした。こんなに面と向かって言うのは無理だけども。


「えと、それで私にどうしろと…?」

「どうもこうも、あなたの非常識な告白には柳くんだって戸惑っていた筈だわ…だから」


彼女はここで言葉を止めた。故に私は彼女がこの先に何を言おうとしていたかなんて分からない。私が今分かるのはこの目の前の先輩がある一点を見つめて固まっていることだけ。


「こんな所で何の話だ?」


教室の出入口。
そこには今ここにいる筈のない柳先輩の姿があった。




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