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仁王先輩が言っていたのは本当だったらしい。

あの人と別れて暫く経った頃、黒い帽子を被ったやけに威厳のある男が全員を集めた。

柳先輩の姿はその男の隣に見られる。ということはあの黒帽子さんも先輩なのだろう。何処かで見たことがある気がする。


2、3連絡を告げた後、黄色いジャージに身を包んだ人達が散り始めた。恐らく解散したのだろう。
私もこうしてはいられないと木陰から立ち上がる。

柳先輩を誘ってみよう。無謀だとは思うが聞くだけ聞いて、だめだったらその時はその時だ。
一緒に帰ってもらえたらラッキーなのだから。

咲希はうーんと伸びをした後、そのまま部室へ向かっているテニス部員達の団体へと飛び込んだ。

いや、突撃したの方が正しいかもしれない。

現に私は誰かにぶつかってしまっていた。


「いって…!もう誰だよ」


「……いひゃい」


「ああ?」


ぶつかった時の衝撃で鼻を強打した。一体私は相手のどこに鼻をぶつけたんだ。痛いったらありゃしない。

そんな風に鼻の痛みに意識を持っていかれていた私は相手の存在をすっかり忘れていた。


「ああ、何だ華宮じゃん」

「ふえ?ああ、切原くん」


鼻をすりすりと抑えていた時に名前を呼ばれ、顔を上げれば何だか少し懐かしい顔。
切原くんだ。去年同じクラスだった。


「何?お前こんなとこで何やってんの?」


「えっと、一緒に帰ろうと思って誘いにきたの」


「はあ?」


お前が?とでも言いたげな顔をする切原くんに苦笑いを送る。
そりゃ去年一年間、都合が合えば女友達と帰っていたが、殆ど終礼が終わって直ぐに自宅へとダッシュしていた私を知っているのだからこの反応は仕方ない。


「誰待ってんだよ、クラスの奴?」


「ううん。柳先輩」


「ああ、柳先輩ね…………はああ?!」


「え?!何?!!」


納得したように頷いた後部室へ向かう為に背を向けた切原くんは次の瞬間には目を見開いて振り返ってきた。
突然のことに肩が大きく揺れる。


「何ってお前、だってそれは……」


「赤也ぁ!!そんな所で何を話とるんだ!早く着替えんか!」


「げえっ、副部長…!!」


信じられないといった顔をした切原くんの言葉はこの場に大きく響いた黒帽子さんの声で掻き消される。
ってことは黒帽子さんが副部長なんだ。


「貴様もこんなところで何をしとるか。用が無いなら早く帰宅すべきだろう」


「え、あ、ごめんなさい…」


走り去っていく切原くんを見送っていれば、背から声をかけられた。
振り返れば苦い顔をした黒帽子さんの姿。
ああ、思い出した。この人確か風紀委員の人だ。

それよりも、私まで怒られてしまうとは…不覚。


「うむ。分かればいい。気をつけて帰れよ」


「あ、いやまだ」


「何だ?用事か?」


そのまま送り出されてしまいそうな流れを止める。
このままだと私は、いつも通り一人で帰ることになってしまう。


「はい。私、柳先輩を待ってて…」


「蓮二を?…珍しいものだ」

「え?」


「いや、何でもない」


一瞬変な顔をした黒帽子さんは、次には「呼んでこよう」とテニス部の部室へと向かって行った。

顔は怖いけど、案外いい人なのかもしれない。

それから咲希は、待ち人が部室から出て来るまでテニスコートのフェンスにもたれて待ったのだった。




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