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真実とそれから



その夜の出来事だった。
身体は疲れていなくても精神的にまいってしまった名前は早めに休もうと布団に潜り込んでいたのだが、そこに一本の着信があったのだ。
携帯のディスプレイに映し出されたのは「佳奈美」の文字。

「佳奈美?」

珍しいと思いながら携帯へ手を伸ばす。
普段用事がないとき以外は自分から連絡をよこしてこない佳奈美が電話をしてくるなんて。そういうほんの少しの疑問を抱きながら名前は着信ボタンを押した。

「もしもし佳奈美?どうしたのいきなり」

電話に出て早々用件を尋ねる。すると電話の奥から「あのね」という言葉が聞こえた。
もしかするとこれは報告電話なのかもしれない。以前恋バナをした際に佳奈美の好きな人を聞いていたため付き合うことになったという報告のために電話してきたのかと考えた。はっきり言ってそんなことされると死にたくなってしまうのだけども、相手から考えてみれば一種の道理なのかもしれない。
そう構えていた名前だったが、続けられた内容はそんなものではなかった。

「明日、朝早めに学校来てもらってもいい?話したいことがあるの」

覚悟していた分、違うとなると拍子抜けしてしまう。明日は朝練もなく問題はなかったが、電話で言えないことなのかと新たな疑問が生まれてしまった。

「電話じゃだめなの?」

そう聞き返す名前に佳奈美は「だめ」と一言で答える。それを聞いた上でわかったとだけ返した名前は佳奈美から「じゃあ屋上で」という言葉をもらいそのまま通話は終了したのだった。

「どうしたんだろう…」


どこかふに落ちないと考えながらもその翌日、名前は言われたとおりに屋上に向かった。
普段は開いていない扉を開いた先には既に佳奈美の姿があって少し驚く。

「佳奈美早いね、またせてごめんね」

詫びの言葉を述べると佳奈美はそんなに待ってないよと笑った。
それは昨日となんら変わりないものであったので昨日自分が見た光景は幻なのではないかという錯覚すら生んでしまう。

「実はね、私名前に話さないといけない事があって呼んだの」

突然、佳奈美の表情が変わった。
それは今まで一度も見た事がないもので、名前は戸惑いを覚える。

「え、いきなり改まってどうしたの…?」

それを佳奈美に悟られたくなくて精一杯強がって言葉を発した。
普段大人しい佳奈美がこんな攻撃的な表情をするだなんて思ってもみなかったのだ。

「私、うそつきは大嫌いなの」

何を言われるのかと構えていた名前にその言葉はぐさりと突き刺さった。それは名前が自分自身に嘘をついているからなのだけども、それは佳奈美には関係の無いことだと割り切る。

「…それで?」

自分の心の事など佳奈美が知るわけが無いと素っ気無くそう返す。
そんな名前に佳奈美が投げかけたのは予想外の言葉だった。

「名前、あなたのこと言ってるんだよ?」

「…っ?!」

あまりに直球なそれに言葉に詰まる。
そんな名前を無視して佳奈美は続けた。

「自分の気持ちに嘘ついてる。変な優しさで、自分傷つけてる」

「馬鹿でしょ」と続けられた言葉に佳奈美は何も言う事が出来なかった。
それは真実だったから。しかし、なぜ佳奈美がこんな事を知っているのか。自分は打ち明けていないのに。

「そうやって素直に心を打ち明けずにどうするの?苦しいだけだよ。私ならやらない」

馬鹿にしたように佳奈美は言った。本当に馬鹿にしているのだろう。
ここまで言われては黙っていられなかった。何を知っているのかと。私の気も知らないでよくここまで好き勝手言ってくれるなと文句を言ってやろうと思った。
先の疑問には、きっとどこかで何か聞いたのだろうと自己完結させて気持ちを爆発させた。

「佳奈美に何が分かるってのさ!人の気も知らないで!!」

あふれ出したものは簡単にとめる事など出来ない。次々に出てくる感情をそのまま言葉に乗せて名前は叫んだ。

「私だって…!私だって幸村が好きだよ!でもそんなの…!こんなのは…!」

興奮したせいで涙まで出てしまっている名前を佳奈美はただ黙って見つめている。
その顔に抱き程まで浮かんでいた冷たさはなかった。

「…やっと言ってくれたね」

「だから…!…へ?」

悲しそうな、それでも嬉しそうな顔をしている佳奈美に先ほどまで頭に上っていた血が下がっていく。…どういうことだろうか?

「それが名前の本音でしょ?大切にしなきゃ」

ね、幸村くん?と佳奈美が扉のほうへ振り返る。
そこにあったのは紛れも無い幸村の姿だった。
どうしてここにと名前が口を開く前に、正面にいた佳奈美が歩み寄ってくる幸村と正反対に扉に向かって駆ける。

「佳奈美?!」

慌てる名前に佳奈美は素直になってとだけ残して階段の奥に消えて行ってしまう。
屋上に残されたのは名前と幸村の2人だけである。暫くの静寂が2人を包んだ。

「名前」

先に口を開いたのは幸村だった。
名前を呼ばれただけで必要以上に揺れる肩を隠すように名前は「なに?」と極力冷静に返す。

「もう一度、思いを伝えさせて欲しいんだ」

息を呑んだ。

「で、でも幸村は佳奈美と…」

昨日みた光景が頭から離れずそう言っても、幸村は「彼女とはなんともないよ」と言うだけだった。その瞳には強い意志があって、そう易々と断らせまいという雰囲気がにじみ出ていたので名前はもう首を横に振るしか選択肢が残されていなかった。

「俺は―――――」

屋上を駆け抜けた風が2人を包み込んだ。


END



H23.09.13





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