[1/3 ]

間違った選択



夢だと思った。
いつも通りの都合のいい夢だと。
しかしいつまで待っても覚めないそれと、やけに痛い夏の日差しがこれは現実であると名前に訴えていた。

「名前、俺は君が好きなんだ。付き合って欲しい」

真っ直ぐに自分を見つめてそう告げる幸村に心臓が高鳴った。
こんな幸せな事があっていいのだろうか?今までただ見つめている事しか出来なかった自分。少しでも役に立てればとテニス部のマネージャーになって、近い位置から幸村のプレイを見ていただけの自分。
そんな自分を、幸村が好きだと言っている…?

「…いきなりごめんね、返事はいつでもいいから」

驚きと喜びで固まってしまった名前に気をつかってか、幸村はそう残して背を向けようとしてしまった。慌ててその腕を引く。

「待って幸村…!」

突然の行動に驚いている幸村に返事をしようと口を開こうとした時だ。

『名前ちゃん私ね、幸村くんのことが好きなんだ…』

頭の中に一昨日、恥ずかしそうにそう告げてきた親友の姿が思い起こされた。
それは絶望の瞬間、まさか大好きな佳奈美も幸村のことが好きだったなんて驚愕ものだった。2人一緒に帰っている道中の会話。たまたま恋愛の話になって、誰なのだと問い詰めた名前に佳奈美が答えたのだ。
佳奈美はそれ以上何も言わなかった、協力して欲しいとも何とも。
それが名前には救いだったのだが、それでも今ここで幸村の告白を受け入れる事など出来なかった。
今まで様々な面で支えてきてくれた佳奈美を傷つけることになってしまうだろうから。
名前は一度瞳をぎゅっと瞑り覚悟を決めた。

「幸村、ごめん…気持ちは嬉しいけど答えられないや…」

俯いたままそう告げたので彼の顔は見えない。
顔を上げることなど出来なかった。自分でも分かるほど目頭が熱い。
こんな顔を見られれば気付かれてしまうから。
かろうじて声は震えていないはずだ。大丈夫。

「そ、っか…うん。わかった、ありがとう名前。じゃあまたね」

悲しそうな彼の声が耳を叩く。それに罪悪感を感じながらも名前はホッとした。
幸村は部室へ向かったのだろう、足音が遠くなっていた。
ゆっくりと顔を上げれば先程までそこにあった幸村の姿はそこにない。
ああ、よかった。これで大丈夫。

「っふえ…うっ」

これでよかったはずなのに、何故か先程まで溜まっていた物がいっきに溢れ出した。
頬を伝うそれは止まることを知らず次から次へと溢れてくる。

「も、っどっして…!」

止まって欲しいのに止まらないそれ。
手で拭っても拭っても大して変わらなかった。

地面にしゃがみこめば流れたそれが地面の色を変える。

これでよかったのだ、これで。
名前は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。





prev next


top