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ハッピーエンドで


『俺は―』

聞こえる幸村の声に目を閉じる。
自分達の計画通り、閉じられた扉の向こう側では幸村の気持ちを受け入れる佳奈美の姿がある事だろう。

…泣いちゃだめ。泣いちゃだめ。

そっと自分に言い聞かせる。
そうすれば少しでも気持ちを落ち着かせる事が出来る気がした。

2人の邪魔をしないようにと静かに階段を下りていく。
朝早いために人のいない廊下はどこか寂しさがあった。

「私も佳奈美のこと言えないかもな…」

とん、と壁にもたれながらポツリと洩らす。
静かな廊下に溶けていく言葉。一緒に彼への思いも溶けていけばいい、そう思ってもやはりそう簡単に割り切れるわけもなくて。

「…ばかだな、私」

「そうだな」

自分に言い聞かせる独り言。
先の言葉と同じようにこれも廊下に消えていくはずだったのに、思いもよらない返事が返ってきた。

驚いてばっと顔を向ければ、そこにはいつも図書室で顔を合わせる人の姿があって。
どうしてここにと名前は首を傾げる。

「どうしてここにと言いたいなら、俺はテニス部だから来るのはいつも早いんだと答えておこうか」

それを聞いて納得した。

そっか、幸村くんがいるんだから彼がいてもおかしくはないんだ

「…はは、情けないとこ見られちゃったね」

いつからいたのかは知らないが、ふらふらと歩く姿はさぞかし滑稽だったことだろう。
そう思いなんだか恥ずかしくてそう笑いながら告げると、柳は不快そうに眉を顰めた。
それを見て名前はまたしても首を傾げることとなる。
自分は何かしてしまったのか、と。

「何故、」

「え?」

「何故無理に笑うんだ」

そう言われながら頬に手を当てられて、そこで初めて名前はあることに気がついた。
自分の頬が濡れているということに。

「え、あれ…?…あはは、おかしいな。なんでだろ気付かなかった」

ばっと背を向けてそれを拭う。
自分に涙を流す理由など無いだろうに。

「ごめん、気にしないで」

振り返る事なんて出来なかったので背を向けながらそう伝える。
涙が止まらないのだ。意思とは反対に溢れてくるそれに呼吸すら困難になっていた。

背後には変わらず人の気配がある。
いつもの柳なら空気を読んで一人にしてくれるのに、今日は何故か動いてくれる気配を感じられない。
もしかしたら自分に呆れて何も出来ていないのかもとも考えたが、それは柳の次の行動で無くなることになる。

背中に感じる温度。
何が起こったのか分からなかった。
視界は変わらず歪んでいるし、何故か身体は動かない。

暫くして漸く働き出した頭が理解したものは、自分が柳に抱きしめられているということだった。

「え…?なん、柳くん…?」

やっと出せた言葉はそれだけで。

「…俺はずるい男なんだ」

無言だった彼から返された返事は到底自分が求めた回答からはかけ離れたものだった。
彼の言葉は続く。

「苗字が精市に心を寄せていたことを知っていた。そして精市が佳奈美の事を好いていたことも知っていた。その上でこのタイミングを待っていたと言っても間違いではない」


言いたい意味が分からないと名前は動揺して何も返すことが出来ない。

「それでも俺は言わせて貰う。…俺は苗字のことが好きだ」

すぐ後ろにある温度が震えている事に気がつく。
柳でもこんな風になる事があるのかと名前はふとそんな事を思った。

「だから、お前が泣いているのを放っておくなんて出来ない。…こうしておく事を許してもらえないだろうか」

ここまで言われて、それを拒否できる人間がいるのだろうか。少なくても自分にはできないと名前は静かに頷いた。

それを見て安心したように息を吐く柳に、名前は言葉を続ける。

「ごめんね、今すぐに返事することは出来ないから」

自分の気持ちの整理がつくまで待って欲しいだなんて勝手なお願いをする訳にもいかないのでそこで切った。
柳はと言えば「いくらでも待とう」と優しく笑いかけてくれて。

名前はそのまま落ち着くまで柳の胸の中で涙を流した。
自分の思いや未練なんかも一緒に流れて行きますようにと気持ちを込めながら―。


END

通常運転でベタな感じですね^p^
あまりにも親友ちゃんが可哀想だったので…!

H23.10.12




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