もう2月…ですね
2012.02.03.Friday
深まる黒に恐怖する心とは裏腹に、自分の中でそれを己の力として存分に利用したいと考える気持ちに気付いて俺は足を止めた。
長旅によって汚れた手で胸元の衣を掴む。
己の異変に気付いてから、どれ程の時間が過ぎたのだろうか。
俺が生まれ育った村。何も無い所だったけれど、それでも俺にとってはかけがえもない故郷だった。
そんな村を、何の当てもなく飛び出したあの日から、大分時間が経ったように感じる。
『赤也、言い難いんだが…』
そうやって申し訳なさそうに話し掛けて来た村長は、言葉を濁しながらも確かに「出ていって欲しい」と告げていた。
ショックだった。
けれど、俺自身、それが最善の選択だと知っていたんだ。
村の仲間が、気性が荒くなった俺を影で何と言っていたかなんて知りたくも無い。
村長に言われて俺はその晩のうちに村を後にした。
見送りなんてする物好きなんていないだろう。そう考えて、誰にも何も言わずに出てきた。
流石に両親には申し訳ないという罪悪感が少なからず残っていたので、己の気持ちを短い文字に託しておいた。
直接だなんて、俺にはとても出来なかったから。
村を出た当初はまだ良かった。
村にいた頃から感じていた心のもやもやが定期的に現れる位のものだったのだ。
それが、ここ2・3日で状況が変わっていた。あの頃よりも深く、黒い欲望が頭を、心を支配する。
腹が減る。咽喉が渇く。口が寂しい。寂しい。
山にあった山菜や、野うさぎを狩ってもこれは癒されなかった。潤されなかった。だから、気付けばそれらを取り入れるのを止めてしまった。
わかってる。己が本当に求めているのは何か。欲しいのは何かなんて、わかっていた。
人の血肉を貪りたいのだ。
いけないとわかっている。頭ではわかっているのに…欲求が満たされない。
「くっそ…!」
幸いな事に、こんな状態になってからまだ1度も人には出会っていない。
まさに不幸中の幸いと言う奴だ。場所が山奥だということもあったのだろう。もし、人になんて出会っていたなら…俺は自分を抑えきれてなどいなかったと思う。
欲求に耐えるのは辛かったが、それでも人を襲うよりはいくらかましだった。
「…っは」
突然、膝から力が抜けてその場に崩れこんだ。
思えば、こうなってからまともに何も食事を摂っていなかった。身体に限界が来ても可笑しくない状況だった。
もう立ち上がる力なんて無くて、俺はそのまま地面にへと身体を預ける事となる。
意識が遠退くのを感じた。頭がくらくらする。俺はこのまま死んでしまうのか…?
そんなの嫌だと思った。
こんな状態になっても、まだやりたい事があるのに。こんなところで…?
「…おい。お前、大丈夫か?」
低い、落ち着いた声と共に甘い香りが鼻を霞めた。
目を薄く開いて見えたのは月光に照らされた、焦茶の髪。
それが人だと認識した俺がとった行動は、1つだった。
俺に合わせてしゃがんでいた男の肩を掴みそのまま押し倒す。その上に馬乗りになれば、黒い服の隙間から覗いた鎖骨が月に照らされて白く輝いていた。
ここに噛り付けば、俺の欲求は満たされる。この苦しみから解放される。
「折角助けてやろうと思ったのに…これはいけないな」
無我夢中だった俺は、相手の様子なんて見えていなかった。ただ上で声がしたことだけは認識出来ていた気がする。
気付いた時には、俺は相手に噛み付かれていた。
「何…っ?!」
首筋に痛みが走る。同時に甘い痺れが全身を支配した。全てを捧げてもいいような錯覚に陥る。
こくりと男が咽喉を上下させるのがわかった。
「……不味いな」
俺の首筋から口を離して、男が放った最初の言葉はそれだった。
先程までの状況に加え血を吸われて、意識が朦朧としていた俺は自分が逆に襲われたのだと気付くのに時間を要する。
「随分とやっかいなモノに憑かれているじゃないか」
「アンタ…何を…」
やっとの事で口に出来た言葉はそれだけで。
そんな俺を見て男はクスリと笑った。
「俺ならお前を楽にしてやれるぞ?どうだ、来ないか?」
すっと開いた瞳が覗く。その瞳が金色に輝いていているのを俺はしっかりと目にした。
END以前日記で言っていたパロを少し形にしてみました