花弁の行方を追うだけの女
街の光を見下ろしたのはいつだったか
神様に祈るところじゃないと、わかってもらうにはもう少し後

 

 
 屋敷の扉がさびれて壊れてキィキィと音を立てていた。ガゼルは冬の寒空と屋根を眺めるように石畳に立っていた。後ろで黒いコートの男が歩み寄る。
 
「やりすぎじゃない?ガゼル」
 
「ここまでやったのは私ではありません」
「でも情報ながしたのはガゼルじゃん」
 
 シャルナークは崩れた門のかけらを踏んだ。ガゼルは後ろを見る。コートの男は何も言わず腕を組んで街を見ていた。「みなさんは無事にほしいものが手に入ったようですね」「おかげさまでね。まさかガゼルがここで働いてるなんて知らなかったなあ」
 海辺の町の横暴男爵、金を荒使い娘に逃げられ邪魔者を殺し町の人間ついでに使用人から猛攻撃、ちなみにガゼルも新人見回り、立派なお家はもうぼろぼろ。数多くの家財も骨董品も幻影旅団に回収された。
「それで逃げ回った男爵もお前が殺してしまったのか」
 ようやくクロロが口を開いた。背の低いガゼルの赤い目が彼に合わさる。どこかの景色が映っているように見えた。
「特に意味があったわけではないのですが」
 ガゼルは指先を擦り合わせた。
「彼がお嬢さんの恋人を殺して、そのお嬢さんも殺そうとしていたものですから、そして何より町の人に追われて逃げ回る彼の背中がたいそう滑稽でしたから、やれ、これは無粋な光景だと、私も見ているのが嫌になりまして。勝手に観察していたのは私なんですけどね」
 聞いている二人は夜の石畳に立つガゼルを思い浮かべた。白いやわらかいワンピースを揺らして、10歳ほどの少女が呪いの言葉をつむぐ姿は、彼を不思議な気持ちにさせただろう。その後彼の脳みそはぐるりと円を描いて飛び散った。
「ああ、じゃああの血痕はガゼルの仕業だったのか」
 ガゼルは「寒いですもう帰りましょう」と言った。



 
 
 
 
 
 
 
「男爵」
 月の綺麗な晩に男を鈴のような声が呼び止めた。
「もうこの町はつまらないのです」