天竺のメンバーで集まっていた時、携帯にかかってきた電話に出た獅音センパイが周りを気にしながらアジトを出て行くのをたまたま見つけた。分かりやすく何かあることを表していたから、なんとなく気になって後を追った。そしたらアジトから少し離れた先で獅音センパイが誰かと話していた。獅音センパイが邪魔で相手は見えなかったが、声からして女だ。
「獅音センパイ、何やってんスかー?」
「げっ……」
彼女か、と思ってわざと声を掛けてやれば、獅音センパイは分かりやすく顔を歪ませてオレに振り返る。そしてさりげなく女を背中で隠した。
「なに、センパイ、彼女いたんすか?」
「違ぇよ、オレの妹。もうあっち行けよ」
「へえ、獅音センパイ妹いたんだ」
紹介してくださいよ、と嫌そうにする獅音センパイにオレはそう言って背中に隠されたそいつを覗き込んだ。その時、獅音センパイが、あっ、と声を上げたのと同時に、オレは目を丸くした。
「……」
背中に隠された獅音センパイの妹は、見た感じオレと同い年か一つ違いくらいで、怯える様子もなく気の強い感じで警戒心を丸出しにしながらオレを見上げていた。それをじっと見下ろしながら、オレは思わずといった様子でぽろっと口を零していた。
「……は、めっちゃ可愛い」
獅音センパイの妹は、オレのドストライクだった。
* * *
それからというものオレは獅音センパイの妹であるナマエちゃんに猛アタックした。ここまでドストライクの子を放っておくことなんて出来ない。すぐさまオレはナマエちゃんの名前や歳、連作先を聞き出そうとしたけど、獅音センパイに邪魔されてその時は名前と歳くらいしか聞けなかった。獅音センパイに聞こうとしても、オレのことを妹に近づけたくないのか全然口を割ってくれない。なら仕方ねぇ、自分で調べてやる。
獅音センパイの妹って分かってれば案外見つけるのは早くて、舎弟に任せる程度でもすぐに突き止められた。通ってる学校と登下校の道を把握して、偶然を装ってナマエちゃんとの接触を図る。初対面でも警戒されていたせいか、流石に学校の下校中に会いに行ったらすげぇ疑われたけど、押しに押し切って連絡先は無事ゲットすることはできた。
それからはメールでやりとりをしたり、たまに電話をしたり、一緒に出掛けたりした。まあそもそもメールも電話もあんましてくれないし、デートに誘ってもナマエちゃんは全然首を縦に振ってくれないし、口説いても口説いても全然靡いてくれねぇけど、まあすぐに落ちるよりはいいか、という感じでオレはナマエちゃんにアプローチを続けた。そうしてナマエちゃんが学校から帰って来るタイミングとか、バイト終わりの時間を狙ってナマエちゃんに会いに行き、定期的に二人で出掛けるのが定着した。まあナマエちゃんはいつも嫌そうだったからオレが押し切ってデートしてるんだけど。
最初の頃は、すぐに落ちるよりはいい、って感覚で気楽にやっていた。アプローチを続ければいずれオレのもんになるだろう、と高を括っていたのだ。しかしナマエちゃんのガードは思ったよりも堅くて、なかなかオレに落ちてくれない。どんなに口説いても「そうやっていつもいろんな女の人口説いてるんですか?」とか言われるし、貢いでも「要らないです。竜胆さんを財布にするつもりもないし、買収されるつもりもないので」とか言われる。いつもならこれですんなり他の女は落ちてくれるのに、ナマエちゃんはなかなか口説かれてくれない。そんな状態に、どうしたもんか、と考えだした頃、ナマエちゃんが口火を切った。
「あの……こういうの、もうやめませんか」
「こういうのって?」
いつものように半ば強引に誘ったデート先のカフェでお茶をしているとき、ふとナマエちゃんが言い出した。それにオレが首を傾げれば、ナマエちゃんは難しい顔で続けた。
「こうやって会って、一緒に出掛けたりするのを、です」
「なんで、此処のカフェ嫌だった? あ、それ本当は好きじゃなかった?」
「そうじゃなくて……」
そう言って無理やり押し付けたプレゼントを指さす。でもそれも違うみたいで、ナマエちゃんは少し困ったように眉根を下げた。
まあ、諦めてくれって言われてんだと思う。あれから結構経つのにナマエちゃんは全然オレに惚れてくれないし。でもナマエちゃんを諦める気なんて毛頭ないから、オレは知らん振りを続けた。そんなオレに気づきつつ、ナマエちゃんはため息を落とす。
「私、竜胆さんのこと好きになりませんよ」
「そう言うこと言うなよ、まだ分かんないじゃん」
今までも何度も言われてるけど、そんなのまだ分かんねぇし、絶対惚れさせるって思ってる。だからいくらそんなことを言われたって手を引いてやる気なんてない。でもこうも頑なだから「なんでオレじゃダメなの?」って聞いてみた。そしたら即答で「不良は嫌です」なんて言われて、反射的に「不良じゃねぇし」って言い返した。するとナマエちゃんは「お兄ちゃんと同じ暴走族の前科持ちのくせに何言ってんですか」と、こいつ何言ってんだ、って顔で言って来た。相変わらずはっきりした性格だ、その辺がもうちょっと柔らかければもっと可愛いのに、とドリンクのを飲みながら内心でぼやく。
「……竜胆さん、どうして私の事が好きなんですか」
「え」
「私のどこが好きなんですか」
「どこって……」
突然そう聞いてきたナマエちゃんに少し驚く。今までそう言う事を聞かれたことがなかった。それに目の前のナマエちゃんが真っ直ぐ視線を向けてくるから、ちょっとそれに気圧されてもいた。
オレは頭の中でその質問を反芻しながら答えを探した。そうして今までの女が聞いてきた時のことを思い出しながら、オレは歯切れ悪い返答をする。
「……可愛いところ?」
「なんで疑問形なの。つまるところ外見ってことでしょ」
「いや、えっと……」
図星を突かれて言葉を失くす。ナマエちゃんの外見がドストライクなのは事実だし、間違ってない。それに可愛いって思ってるのも事実だし、オレも嘘は付いてない。でも内心で、しまった、って思った。だってナマエちゃんの機嫌が急降下したのが分かる。
「私、貴方のコレクションになるつもりないですから」
そうはっきり口にしたナマエちゃんはコトン、と手に持っていたグラスをテーブルに置いて言い切る。そこには強い意志が感じられた。でもオレはそれよりもナマエちゃんが口にしたコレクション≠ニいう単語に呆気に取られていた。そんなオレを他所にナマエちゃんは「それに、いろんな女の人誑かして驕る人は絶対嫌です。私を大切にしてくれない人なんて論外」と語気を強くして続ける。そうしてナマエちゃんは荷物を持って席を立ち、オレを見下ろしながらはっきり言った。
「なので、竜胆さんは無理です。諦めてください」
そのまま店を出て行くナマエちゃんを、オレは呆然と見送っていた。
* * *
まあ、結果で言えば、はっきりとフラれた。お前は脈無しだ、と言われたのだ。今までフラれたことなんて無かったし、あんなに女に拒絶されたことも無かったから、案外落ち込んだ。でもナマエちゃんへのアプローチを失敗したと知った獅音センパイは嬉しそうだ。
「竜胆、お前ナマエにフラれたんだって? まあお前でもオレの妹は無理だよな〜」
「センパイ、うっさい」
そう言って肩を組んでくる獅音センパイの腕を振り払ってそっぽを向く。そしたら話を聞きつけてきた兄ちゃんも「なになに〜、竜胆もしかしてフラれたの〜?」なんて言いながらニヤニヤして近づいて来て、その後は最悪だった。
こっ酷くフラれたせいもあって、ドストライクな子を逃すのは勿体ないけど好みなのは顔だけだし中身は可愛くないし、なんて愚痴ってナマエちゃんのことはさっさと無かったことにしようって思った。苛ついてたこともあったし、今まで散々な言われようだったからぱあっとクラブで仲間内で盛り上がって遊んだりもした。もちろんその場には女も数人いて、媚びを売るようにオレに擦り寄って来た。いつもなら遊びだし、気分が乗れば腕を回したり、乗らなくてまあそこら辺に侍らせたりしていた。でも、その時はなんかいつもと違かった。
媚を売ってくるその女たちが鬱陶しく思った。濃い化粧も、誘うような露出のある服もなんだか嫌で、擦り寄られるとなんだか嫌悪感が募った。今までそんなことはなかったし、鬱陶しく思ったことはあっても適当にあしらっていた。でも今回は完全な嫌悪感がそこに在って、こいつらと一緒に居るのが嫌だった。
最初は気分が乗らないだけだ、ナマエちゃんにフラれたせいだ、って思ってやり過ごしていた。でも、ふと頭をよぎったそれに、オレは目を丸くした。そしたらオレは女の腕を振り払って携帯を握りしめながらクラブを抜け出していた。
* * *
夕方ごろ、オレは待ち合わせ場所に来てじっとナマエちゃんが来るのを待っていた。クラブを抜け出した後ナマエちゃんに連絡をした。どうしても会いたい、会って話したい、って何度もお願いして、次の日に時間を作ってもらった。それが今日だ。携帯を弄ることもせずただじっとナマエちゃんが来るのを待っていると、しばらくして怪訝な表情を浮かべるナマエちゃんが現れた。
「それで、どうしたんですか、急に連絡なんて」
あの日からナマエちゃんへの連絡は絶っていた。それなのに昨日突然連絡をしたから、ナマエちゃんはそう言ったのだろう。オレは素直に「ごめん……」と呟く。そして「会ってくれて、ありがとう」と素直に言うと、ナマエちゃんは目を丸くしてきた。オレの様子を見て、いつもと違うと察したらしい。そんなナマエちゃんに、オレは気恥ずかしい気持ちと一緒に口を開いた。
「どうしよう……オレ、実は結構お前のこと好きだったみたい……」
「……は?」
きゅっと眉根を寄せて顔を赤くするオレに、ナマエちゃんは素っ頓狂な声を上げる。意味が分からずポカンと口を開けていた。それでもオレは止まることなく立て続けに口を開いた。
「オレ、ナマエちゃんの見た目がすげぇ好き。でも本当はサバサバしたナマエちゃんみたいな強気な性格よりも守ってあげたくなるような庇護欲掻き立てられるような子が好き。正直ナマエちゃんとは正反対な気がする」
正直なことを言うと、可愛げがない、と暗に言っている言葉にナマエちゃんは顔を歪ませる。いったい何を言いに来たんだ、とでも言っているようだ。そうしてナマエちゃんが不機嫌そうに口を挟もうとしたのを見計らって、オレは言葉を被せた。
「でも……この間、いつもつるんでる女に囲まれたとき……ナマエちゃんなら媚びてこないのに、ナマエちゃんならはっきり嫌って言うのに、ちゃんと真っ直ぐ向き合ってくれんのに、って……何度も思っちゃって……」
あの時、クラブでふと頭をよぎったのは、ナマエちゃんのことだった。ナマエちゃんならこんなことしないのに、ナマエちゃんと一緒にいたほうが楽しかった、なんて何度も思って、そしたら自覚するしかなかった。
「オレ……ちゃんとナマエちゃんのこと好きだったんだって、ちゃんと中身も全部含めてナマエちゃんが好きだったんだって自覚した……」
初めはただ好みのタイプだったから、だからかもしれない。でもナマエちゃんと関わって、ナマエちゃんを知っていくうちに、オレはちゃんとナマエちゃん自信を好きになってた。それを今さらオレは気づいたのだ。
「……好みなのは見た目だけなのに?」
「そうやってはっきりもの言ってくるところが好き」
「守ってあげたくなるような子じゃないのに?」
「それでも、ちゃんと守ってあげたいって、好きな子を守りたいって今は思う」
腕を組んで何度も言ってくるナマエちゃんに、オレは素直な気持ちを答えた。ナマエちゃんが疑って、そんなことを言ってくるのも仕方がない。ナマエちゃんが言う通り、オレは好みのものをそばに置いておきたいと言うだけでナマエちゃんを口説いていたのだ。だから仕方ないって分かる。でも、とオレはもう一度口を開く。
「オレ、ナマエちゃん以外の女とは全部切る。絶対大切にするし、今度はちゃんとナマエちゃんを見るから……もう一回チャンスが欲しい、です……」
そう言って少し項垂れる。ナマエちゃんの顔を見る勇気が今はなかった。そうして最後に「不良は……どうしようもないケド……」と、前に不良は嫌って言われたのを思い出して付け足した。あの時は反社で違うって言ったけど、今度は誠心誠意向き合いたかった。
するとナマエちゃんがフッと笑って「なにそれ」と言いながらおかしそうに笑い声を零した。驚いて顔を上げればくすくすと笑っていて、その時に、そういやナマエちゃんが楽しそうに笑ってる顔見たこと無かったな、なんて思い出した。いつもムスッとした顔だったけど、笑った顔は年相応で可愛かった。
ひとしきりナマエちゃんは笑うと、改めてオレに向き直った。それに少し緊張して身体が強張る。けど、ナマエちゃんはふと背中を向けて、突然言った。
「……駅前のカフェ、期間限定のメニュー食べたいんだよね」
「え」
そう独り言のようにぼやく。それにきょとんとしていると、ナマエちゃんがチラッとこちらを見やった。そうしてようやく意図を察して、オレは飛びつくように一歩前に足を踏み出した。
「――! 行く! 一緒に行きたい!」
「……いいよ」
そしたらナマエちゃんはフッと目を細めた。
――あ……好きだ。
オレはその時、素直にそう思えた。
「獅音センパイ、何やってんスかー?」
「げっ……」
彼女か、と思ってわざと声を掛けてやれば、獅音センパイは分かりやすく顔を歪ませてオレに振り返る。そしてさりげなく女を背中で隠した。
「なに、センパイ、彼女いたんすか?」
「違ぇよ、オレの妹。もうあっち行けよ」
「へえ、獅音センパイ妹いたんだ」
紹介してくださいよ、と嫌そうにする獅音センパイにオレはそう言って背中に隠されたそいつを覗き込んだ。その時、獅音センパイが、あっ、と声を上げたのと同時に、オレは目を丸くした。
「……」
背中に隠された獅音センパイの妹は、見た感じオレと同い年か一つ違いくらいで、怯える様子もなく気の強い感じで警戒心を丸出しにしながらオレを見上げていた。それをじっと見下ろしながら、オレは思わずといった様子でぽろっと口を零していた。
「……は、めっちゃ可愛い」
獅音センパイの妹は、オレのドストライクだった。
* * *
それからというものオレは獅音センパイの妹であるナマエちゃんに猛アタックした。ここまでドストライクの子を放っておくことなんて出来ない。すぐさまオレはナマエちゃんの名前や歳、連作先を聞き出そうとしたけど、獅音センパイに邪魔されてその時は名前と歳くらいしか聞けなかった。獅音センパイに聞こうとしても、オレのことを妹に近づけたくないのか全然口を割ってくれない。なら仕方ねぇ、自分で調べてやる。
獅音センパイの妹って分かってれば案外見つけるのは早くて、舎弟に任せる程度でもすぐに突き止められた。通ってる学校と登下校の道を把握して、偶然を装ってナマエちゃんとの接触を図る。初対面でも警戒されていたせいか、流石に学校の下校中に会いに行ったらすげぇ疑われたけど、押しに押し切って連絡先は無事ゲットすることはできた。
それからはメールでやりとりをしたり、たまに電話をしたり、一緒に出掛けたりした。まあそもそもメールも電話もあんましてくれないし、デートに誘ってもナマエちゃんは全然首を縦に振ってくれないし、口説いても口説いても全然靡いてくれねぇけど、まあすぐに落ちるよりはいいか、という感じでオレはナマエちゃんにアプローチを続けた。そうしてナマエちゃんが学校から帰って来るタイミングとか、バイト終わりの時間を狙ってナマエちゃんに会いに行き、定期的に二人で出掛けるのが定着した。まあナマエちゃんはいつも嫌そうだったからオレが押し切ってデートしてるんだけど。
最初の頃は、すぐに落ちるよりはいい、って感覚で気楽にやっていた。アプローチを続ければいずれオレのもんになるだろう、と高を括っていたのだ。しかしナマエちゃんのガードは思ったよりも堅くて、なかなかオレに落ちてくれない。どんなに口説いても「そうやっていつもいろんな女の人口説いてるんですか?」とか言われるし、貢いでも「要らないです。竜胆さんを財布にするつもりもないし、買収されるつもりもないので」とか言われる。いつもならこれですんなり他の女は落ちてくれるのに、ナマエちゃんはなかなか口説かれてくれない。そんな状態に、どうしたもんか、と考えだした頃、ナマエちゃんが口火を切った。
「あの……こういうの、もうやめませんか」
「こういうのって?」
いつものように半ば強引に誘ったデート先のカフェでお茶をしているとき、ふとナマエちゃんが言い出した。それにオレが首を傾げれば、ナマエちゃんは難しい顔で続けた。
「こうやって会って、一緒に出掛けたりするのを、です」
「なんで、此処のカフェ嫌だった? あ、それ本当は好きじゃなかった?」
「そうじゃなくて……」
そう言って無理やり押し付けたプレゼントを指さす。でもそれも違うみたいで、ナマエちゃんは少し困ったように眉根を下げた。
まあ、諦めてくれって言われてんだと思う。あれから結構経つのにナマエちゃんは全然オレに惚れてくれないし。でもナマエちゃんを諦める気なんて毛頭ないから、オレは知らん振りを続けた。そんなオレに気づきつつ、ナマエちゃんはため息を落とす。
「私、竜胆さんのこと好きになりませんよ」
「そう言うこと言うなよ、まだ分かんないじゃん」
今までも何度も言われてるけど、そんなのまだ分かんねぇし、絶対惚れさせるって思ってる。だからいくらそんなことを言われたって手を引いてやる気なんてない。でもこうも頑なだから「なんでオレじゃダメなの?」って聞いてみた。そしたら即答で「不良は嫌です」なんて言われて、反射的に「不良じゃねぇし」って言い返した。するとナマエちゃんは「お兄ちゃんと同じ暴走族の前科持ちのくせに何言ってんですか」と、こいつ何言ってんだ、って顔で言って来た。相変わらずはっきりした性格だ、その辺がもうちょっと柔らかければもっと可愛いのに、とドリンクのを飲みながら内心でぼやく。
「……竜胆さん、どうして私の事が好きなんですか」
「え」
「私のどこが好きなんですか」
「どこって……」
突然そう聞いてきたナマエちゃんに少し驚く。今までそう言う事を聞かれたことがなかった。それに目の前のナマエちゃんが真っ直ぐ視線を向けてくるから、ちょっとそれに気圧されてもいた。
オレは頭の中でその質問を反芻しながら答えを探した。そうして今までの女が聞いてきた時のことを思い出しながら、オレは歯切れ悪い返答をする。
「……可愛いところ?」
「なんで疑問形なの。つまるところ外見ってことでしょ」
「いや、えっと……」
図星を突かれて言葉を失くす。ナマエちゃんの外見がドストライクなのは事実だし、間違ってない。それに可愛いって思ってるのも事実だし、オレも嘘は付いてない。でも内心で、しまった、って思った。だってナマエちゃんの機嫌が急降下したのが分かる。
「私、貴方のコレクションになるつもりないですから」
そうはっきり口にしたナマエちゃんはコトン、と手に持っていたグラスをテーブルに置いて言い切る。そこには強い意志が感じられた。でもオレはそれよりもナマエちゃんが口にしたコレクション≠ニいう単語に呆気に取られていた。そんなオレを他所にナマエちゃんは「それに、いろんな女の人誑かして驕る人は絶対嫌です。私を大切にしてくれない人なんて論外」と語気を強くして続ける。そうしてナマエちゃんは荷物を持って席を立ち、オレを見下ろしながらはっきり言った。
「なので、竜胆さんは無理です。諦めてください」
そのまま店を出て行くナマエちゃんを、オレは呆然と見送っていた。
* * *
まあ、結果で言えば、はっきりとフラれた。お前は脈無しだ、と言われたのだ。今までフラれたことなんて無かったし、あんなに女に拒絶されたことも無かったから、案外落ち込んだ。でもナマエちゃんへのアプローチを失敗したと知った獅音センパイは嬉しそうだ。
「竜胆、お前ナマエにフラれたんだって? まあお前でもオレの妹は無理だよな〜」
「センパイ、うっさい」
そう言って肩を組んでくる獅音センパイの腕を振り払ってそっぽを向く。そしたら話を聞きつけてきた兄ちゃんも「なになに〜、竜胆もしかしてフラれたの〜?」なんて言いながらニヤニヤして近づいて来て、その後は最悪だった。
こっ酷くフラれたせいもあって、ドストライクな子を逃すのは勿体ないけど好みなのは顔だけだし中身は可愛くないし、なんて愚痴ってナマエちゃんのことはさっさと無かったことにしようって思った。苛ついてたこともあったし、今まで散々な言われようだったからぱあっとクラブで仲間内で盛り上がって遊んだりもした。もちろんその場には女も数人いて、媚びを売るようにオレに擦り寄って来た。いつもなら遊びだし、気分が乗れば腕を回したり、乗らなくてまあそこら辺に侍らせたりしていた。でも、その時はなんかいつもと違かった。
媚を売ってくるその女たちが鬱陶しく思った。濃い化粧も、誘うような露出のある服もなんだか嫌で、擦り寄られるとなんだか嫌悪感が募った。今までそんなことはなかったし、鬱陶しく思ったことはあっても適当にあしらっていた。でも今回は完全な嫌悪感がそこに在って、こいつらと一緒に居るのが嫌だった。
最初は気分が乗らないだけだ、ナマエちゃんにフラれたせいだ、って思ってやり過ごしていた。でも、ふと頭をよぎったそれに、オレは目を丸くした。そしたらオレは女の腕を振り払って携帯を握りしめながらクラブを抜け出していた。
* * *
夕方ごろ、オレは待ち合わせ場所に来てじっとナマエちゃんが来るのを待っていた。クラブを抜け出した後ナマエちゃんに連絡をした。どうしても会いたい、会って話したい、って何度もお願いして、次の日に時間を作ってもらった。それが今日だ。携帯を弄ることもせずただじっとナマエちゃんが来るのを待っていると、しばらくして怪訝な表情を浮かべるナマエちゃんが現れた。
「それで、どうしたんですか、急に連絡なんて」
あの日からナマエちゃんへの連絡は絶っていた。それなのに昨日突然連絡をしたから、ナマエちゃんはそう言ったのだろう。オレは素直に「ごめん……」と呟く。そして「会ってくれて、ありがとう」と素直に言うと、ナマエちゃんは目を丸くしてきた。オレの様子を見て、いつもと違うと察したらしい。そんなナマエちゃんに、オレは気恥ずかしい気持ちと一緒に口を開いた。
「どうしよう……オレ、実は結構お前のこと好きだったみたい……」
「……は?」
きゅっと眉根を寄せて顔を赤くするオレに、ナマエちゃんは素っ頓狂な声を上げる。意味が分からずポカンと口を開けていた。それでもオレは止まることなく立て続けに口を開いた。
「オレ、ナマエちゃんの見た目がすげぇ好き。でも本当はサバサバしたナマエちゃんみたいな強気な性格よりも守ってあげたくなるような庇護欲掻き立てられるような子が好き。正直ナマエちゃんとは正反対な気がする」
正直なことを言うと、可愛げがない、と暗に言っている言葉にナマエちゃんは顔を歪ませる。いったい何を言いに来たんだ、とでも言っているようだ。そうしてナマエちゃんが不機嫌そうに口を挟もうとしたのを見計らって、オレは言葉を被せた。
「でも……この間、いつもつるんでる女に囲まれたとき……ナマエちゃんなら媚びてこないのに、ナマエちゃんならはっきり嫌って言うのに、ちゃんと真っ直ぐ向き合ってくれんのに、って……何度も思っちゃって……」
あの時、クラブでふと頭をよぎったのは、ナマエちゃんのことだった。ナマエちゃんならこんなことしないのに、ナマエちゃんと一緒にいたほうが楽しかった、なんて何度も思って、そしたら自覚するしかなかった。
「オレ……ちゃんとナマエちゃんのこと好きだったんだって、ちゃんと中身も全部含めてナマエちゃんが好きだったんだって自覚した……」
初めはただ好みのタイプだったから、だからかもしれない。でもナマエちゃんと関わって、ナマエちゃんを知っていくうちに、オレはちゃんとナマエちゃん自信を好きになってた。それを今さらオレは気づいたのだ。
「……好みなのは見た目だけなのに?」
「そうやってはっきりもの言ってくるところが好き」
「守ってあげたくなるような子じゃないのに?」
「それでも、ちゃんと守ってあげたいって、好きな子を守りたいって今は思う」
腕を組んで何度も言ってくるナマエちゃんに、オレは素直な気持ちを答えた。ナマエちゃんが疑って、そんなことを言ってくるのも仕方がない。ナマエちゃんが言う通り、オレは好みのものをそばに置いておきたいと言うだけでナマエちゃんを口説いていたのだ。だから仕方ないって分かる。でも、とオレはもう一度口を開く。
「オレ、ナマエちゃん以外の女とは全部切る。絶対大切にするし、今度はちゃんとナマエちゃんを見るから……もう一回チャンスが欲しい、です……」
そう言って少し項垂れる。ナマエちゃんの顔を見る勇気が今はなかった。そうして最後に「不良は……どうしようもないケド……」と、前に不良は嫌って言われたのを思い出して付け足した。あの時は反社で違うって言ったけど、今度は誠心誠意向き合いたかった。
するとナマエちゃんがフッと笑って「なにそれ」と言いながらおかしそうに笑い声を零した。驚いて顔を上げればくすくすと笑っていて、その時に、そういやナマエちゃんが楽しそうに笑ってる顔見たこと無かったな、なんて思い出した。いつもムスッとした顔だったけど、笑った顔は年相応で可愛かった。
ひとしきりナマエちゃんは笑うと、改めてオレに向き直った。それに少し緊張して身体が強張る。けど、ナマエちゃんはふと背中を向けて、突然言った。
「……駅前のカフェ、期間限定のメニュー食べたいんだよね」
「え」
そう独り言のようにぼやく。それにきょとんとしていると、ナマエちゃんがチラッとこちらを見やった。そうしてようやく意図を察して、オレは飛びつくように一歩前に足を踏み出した。
「――! 行く! 一緒に行きたい!」
「……いいよ」
そしたらナマエちゃんはフッと目を細めた。
――あ……好きだ。
オレはその時、素直にそう思えた。