親友の妹を好きになってしまった件について
 俺にはある悩みがある。いや、悩みと言っても大層なものではないと言うか、深刻な問題ではないと言うか……ただまあ、悩みがある。その悩みと言うのはいわゆる恋の悩みであって、この相手に俺は悩んでいる。

 つまるところ――俺は親友の妹を好きになってしまった。

 出会いは武道の家にいつものメンバーで遊びに行った時だった。武道の双子の妹だと言うナマエは俺たちと中学と同じ制服を着ていて、大人数で家に押しかけて来た俺たちに嫌な顔をせず双子の兄の友人たちとして迎い入れてくれた。出会いはそんな些細なことだった。それ以来、武道と一緒につるんでいることもあり加えてクラスは違えど同じ学校に通ってることもあってナマエと鉢合わせることは多かった。けれど積極的に話すことも無く、親友の妹、兄の友人、といった認識程度だったと思う。

 その時から遠くからは気に掛けていた。特別な感情があるわけではなく、武道の妹だから、といった感じで、花垣兄妹の幼馴染であるタクヤもナマエを気に掛けていたから、それと一緒になんとなく気に掛けていた程度だった。

 でもある日、たまたま廊下でナマエを見かけた。教材を持っていたから、移動教室だったんだと思う。ナマエは友達と話していたし、あえて話しかけることもないだろう、と俺は視線を向けることはあっても横目で流す程度だった。けどその時、ふとナマエの視線がこちらに向いた。突然視線が合ったことに驚きはしたが、その時はそれだけだった。けど次の瞬間、それは変わった。


「あ、アッくん」


 そう言って、ナマエは人懐っこい笑顔を向けてひらひらと手を振って来た。その瞬間、俺の心臓は飛び跳ねた。

 ナマエにとって俺――と他のメンバーを含め――は兄の友人、顔見知りではなくなったのか、見かけると友人のように接してくることが増えた。それは単純に嬉しかったし、山岸とマコトも武道の妹とは言え女子と話せることに喜んでいた。けど俺は一人あの時の笑顔を向けられてから妙にナマエの事を意識してしまっていた。挙動不審になりそうなところをあいつらの前だからとぐっと押さえて普段通りを装った。でも屈託の無い笑顔を見せられるたび、顔に熱が集まっていく感覚がして、そのたび俺は頭を振った。

 このままじゃいけない、と思った。同時に俺は自分の気持ちをただの勘違いだと信じ切った。だって相手は親友の妹だし、とよく分からない言い訳もして、俺は自分からナマエに声を掛けた。これで治るとどうしてか思っていたんだ。でもナマエとの会話が弾むなか、その中で見せた満面の笑顔に、俺はやっぱり認めざるを得なかった。

 認めたら認めたで違う問題が出てくる。それが俺の悩みだ。いや、親友の妹を好きになってはいけないなんてルールはないしそこまで気にすることも無いんだと思うが、でも親友から見たらどうだろう、と考えてしまう。武道に限ってそんなことはないとは思うし思いたいけど、自分の親友が自分の妹をそういう目で見ていると知ったら、そいつはどんな気分なんだろう。きっと気まずいに違いない。それに武道からは「妹のこと、気に掛けてくれてありがとな!」と明るい笑顔で言われたこともあるし、余計に言い出し辛い。

 だが一方で俺には救いもあった。それは花垣兄妹の幼馴染であるタクヤがこの事実を知っていると言う事だ。他のメンバーが鈍いこともあって――鈍くて助かった――タクヤはすぐに俺がナマエの事が好きだと気づいた。最初はニヤニヤして揶揄ってはきたが、最終的には「いいじゃん、応援してるよ」と言ってくれた。以降タクヤに恋愛相談をすることになった。流石幼馴染、ナマエのことをよく知ってる。

 そしてこれはナマエから聞いた話なんだが、どうやらナマエとタクヤはお互いが初恋相手らしい。


「あー……その、さ。ナマエは好きな奴とか、いんの?」


 勇気を出してナマエの恋愛事情を聞いた時だった。俺の質問にナマエはとくに気にした様子もなくあっけらかんとした態度で「ああ」と思い出話をするように切り出す。


「うーん、今はいないかなあ。小さい頃はタクヤが好きだったんだけどね」
「えッ!?」


 まさかの発言に俺はぎょっとした。そんな俺の反応を見てナマエはけらけらと笑い「幼稚園生とかの話だよ。お互いべったりくっついててさー」などと続ける。どうやら本人たち自覚有りの初恋相手同士だったようだ。その事実に俺は内心落ち込んだ。内心で留められていたと思いたい。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ナマエは「昔の話だよ、だから今は何とも思ってないよ」と続ける。そこに嘘はなく、ナマエは真っ直ぐな眼差しでそう言った。だから俺はスッとそれを信じることが出来た。

 そりゃあまだまだ十四歳の子供でも、小さい頃の初恋は誰にでもあるだろう。それに今、ナマエに好きな相手はいない。だからまだチャンスはある。その日以降、俺は一層意気込んでナマエにアプローチを始めた。

 恥ずかしい気持ちはあったが、俺なりに分かりやすいようにナマエにアプローチをした。ナマエは明るい性格で誰からも好かれるような、武道の彼女である橘とはまた違った印象を持つ真っ直ぐな良い子だ。だから結構学校でモテていたりする。でもそれに気づかないような鈍感さで、その辺は武道と兄妹だな、と思う。だからなるべく伝わりやすくしているのだが、やっぱりまだ照れがあるのか伝わらない。これは長丁場になりそうだ、なんて考えていた時、ふと二人で居残った教室で武道が言った。


「アッくん、最近ナマエと仲いいよな」
「えっ!?」


 武道のその発言に俺は飛び跳ねる。いや、分かりやすくアプローチしているんだし、バレてもおかしくない。やばい、どうしよう。そんなことが頭の中にぐるぐる駆け巡る。まだ山岸やマコトにバレたほうが良かったかもしれない、兄貴の武道より。


「そ、そうか? 普通だろ……?」
「うーん……でもよく一緒に楽しそうにしてんの見かけるし、ナマエもアッくんの話、結構するんだよなあ」
「へ、へえ……?」


 ――ナマエ……俺のこと話すんだ……。

 思わず嬉しくて顔をがニヤけるのをなんとか抑える。そうして逃げるように顔を逸らす俺を武道は疑わしそうにじっと見つめてくる。またそれに逃げるように視線を彷徨わせていると、閃いた、と言う顔をした武道がニヤリと笑って言う。


「アッくん……もしかしてナマエのこと好きなの?」
「――ッ!」


 図星を言い当てられて、思わず押し黙って顔を赤くしてしまった。俺がそんな態度を取るから、半分冗談だった武道はきょとんとした顔をする。そうして間を置いて理解をすると「えぇっ!? うそ!?」などと全身で驚愕を表現した。そんなに驚かなくてもいいだろう。いや、兄貴としては妥当の反応かもしれない。


「わ、悪かったな! 親友の妹を好きになっちまって!!」
「い、いやあ……別にそれはいいけど……」


 ナマエの兄である武道にそれがバレることを恐れていたが露呈したのなら仕方がない、と開き直った俺は一方的にそんなことをぶちまけた。それに武道は驚いて気圧されていた。


「でも……そっか……」


 でも考え込む素振りを見せると、武道は次の瞬間にはどこかほっと安心したような笑みを浮かべた。それがあまりに大人びていて、俺は言葉を失くした。そうして武道は嬉しそうにナマエと似た笑顔を浮かべて言う。


「アッくんなら安心だな!」


 ニカッと眩しい笑顔で言い退ける武道に俺は目を見張った。たかだか十四歳が言う台詞かって感じだけど、兄として、家族として、そう言い退けた大人びた武道に、俺は何とも言えない気持ちになる。


「ナマエのこと、よろしくな!」


 そう言って拳を突き出してくる武道を窺う。相変わらずその顔には笑顔が浮かんでいて、俺はほっと息を吐いた。


「おう」


 こつん、と拳をぶつける。まだ付き合ってもいないし、まだ任されるような存在じゃないけど、でも大事な親友の妹をどんな形でも大切にして行こう、とそう思った。





   * * *





「ねえ、最近武道がニヤニヤした顔っていうか、生暖かい目で見てくるんだけど、アッくん知らない?」
「あー……」


 俺の前に背中を向けて座るナマエがそんなことを言ってきた。俺はナマエの髪を櫛で梳かしながらそれを曖昧に流した。多分、というか絶対、武道と依然話したことがきっかけだろう。頼むから余計なことしないで欲しい、なんて思いながら櫛を置いてヘアゴムを持ってナマエの髪を結い上げる。

 以前からこうして休み時間になると俺に髪を結わせにナマエは来る。この時間は特別好きな時間で、俺は好きな子のヘアセットを出来ることを嬉しく思いながらナマエの髪を使って試してみたいヘアセットをいろいろ試していた。勿論ナマエからの許可は得ているし、ナマエはこうして俺が結い上げることを喜んでくれていた。こればかりは俺だけの特権だろう、とどこか優越感もあった。


「……よし。ほら、出来たぞ」
「ありがとう、アッくん!」


 髪を結い終えて肩を叩けば、さっきまで話していた内容など忘れた様子でぱっと表情を明るくする。そうして嬉しそうに自分の毛先を触る姿を眺めながら、俺はそっと笑っていた。


「アッくんが彼氏の子はいいね」
「えっ」


 すると突然、ナマエがそんなことを言い出してきた。なんの脈柄も無く突然言ってくるものだから、俺の口から素っ頓狂な声が零れた。そんな俺に振り向いて、ナマエはふふっと笑う。


「だってさ、好きな人の手で可愛くしてもらえるって、なんだか嬉しいじゃない?」


 そうして結われた自分の髪を触るナマエに、俺はきゅっと口を噤んだ。なんというか、凄く恥ずかしくて、嬉しかった。俺がいくらでもしてやる、って思った。そして、お前は嬉しいか、って心の中でナマエに言っていた。


「武道から聞いたけど、アッくんって将来の夢は美容師なんでしょう?」
「ああ、まあ……」
「そしたら私、将来結婚した時、絶対アッくんにヘアセットしてもらう!」


 高らかに宣言するナマエは無邪気だった。こっちの気も知らないで、なんて悪態も内心ではしていた。でも、悪い気はしなかった。


「おう、とびきり可愛くしてやるよ」
「やった!」


 いつかその日に俺がナマエの隣に立てるように、子供みたいに喜ぶナマエに俺も笑い返した。


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