第二話


 許嫁であるリアンダーは、おそらく私のことが苦手か嫌いなのだと思う。いつからか、彼に避けられるようになったのだ。

 リアンダーとの出会いは、母に連れられた先でだった。母の友人であるプルウェット夫人の一人息子で、親の口約束で私たちは許嫁になった。その顔合わせで、私はリアンダーに出会った。

 スラッとした少年はじっと私のことを見て来て、当時恥ずかしがり屋だった私は顔を俯かせていた。それはじっと見つめられたからでもあったが、多分私は恋をしていたのだと思う。リアンダーははきはきと自己紹介をしてくれて、そっと手を差し伸べてくれた。その姿が私には絵本の王子様のようにきらきらと輝いて見えて。私は多分、この時から彼に恋をしていたのだ。

 自分の許嫁に恋をした私は必死に彼に相応しい淑女に成ろうと努力した。決して彼に嫌われないように、彼の隣に立っても恥ずかしくない女になりたかったのだ。だから私は必死に勉強をした。嫌いだった科目も苦手だとバレないほどにできるように努力して、社交ダンスも苦手なパーティーにも参加して、魔法の勉強もたくさんした。時には辛くてくじけそうになったことも何度もあった。でも、リアンダーに相応しい許嫁になるという目標は、いつも私を励ましてくれた。

 見た目にも拘った。こっそりと彼の好みを聞いて、自分に似合う服装や髪形を研究して、メイクの練習もたくさんした。その効果は周りの反応を見れば分かって、母にも「立派な淑女ね」と褒められた事だってあって、私の努力は正しく実った。

 それでも努力することは止めなかった。それはリアンダーが誰よりも努力家であったからだ。不得意なことがあっても、リアンダーは決して諦めることはしなかった。いつだって真っ直ぐ前を向いて努力するリアンダーの姿は輝いていて、素敵だった。そんな彼が私は大好きで、その姿にますます私は恋をした。だから私も決して諦めたくなかった。彼に見合う淑女になるための努力を、決して怠りたくはなかった。

 そうして日々自分磨きに勤しむばかりの私は、リアンダーの心が私から離れて行っていたことに気づかなかった。

 いつの頃からか、リアンダーは私の前で楽しそうに笑うことはなくなった。いつもつまらなそうにしていて、時々私に眉を顰めることだってあった。きっと私が知らぬ間になにかをしてしまったのだ。私はすぐさま謝った。けど、リアンダーは何がいけなかったのか教えてくれなかった。だから自分なりに考えて、恥ずかしくないように努力をした。でもリアンダーは一向に笑ってくれなくて、いつしか私に会いに来ることも減って、私が彼を尋ねに行くばかりになっていた。

 リアンダーは私に笑いかけてくれることが無くなってから、彼は私に声を掛けることも減った。昔はたくさんお互いのことを笑いながら話していたのに、いつの間にか私ばかりが一人で喋っていて、リアンダーは鬱陶しそうに聞き流して相槌を適当に打つだけだった。それが悲しかった。でも、理由を聞いて愚かなことをすることだけは嫌で、私はずっとその理由を聞けずにいた。

 そうして、リアンダーは私のことが嫌いなのだと気づいた。初めて出会った時から成長した私たちは、その成長の中できっと変わってしまったのだ。変わらなかったのは私だけ。変化は悪いことでは無い。ただ、その変化が私にとっては悲しいものであっただけに過ぎない。

 それでもやっぱり、リアンダーのことは諦めたくなかったのだ。私はこの恋に盲目だった。

 どうにかしてリアンダーに笑いかけて欲しくて、また昔みたいに親しく話したくて、私は変わらずリアンダーのもとに通って交流を続けていた。きっと私からそれを止めてしまえば、この関係は終わってしまう。幼馴染も許嫁も確固たる繋がりは無くて、わたしは決してその僅かなつながりを切りたくはなかった。

 でも私一人が頑張っても意味はない。リアンダーは相変わらず私のことを鬱陶しそうにするし、私のことを避けている。私が追いかけるばかりで、私たちの距離は縮まるどころか、なにをしてもどんどん離れて行くばかりで。私はその現状を目の当たりにしながら必死に彼を追いかけていた。

 それはホグワーツに入学してからも変わらなかった。

 ホグワーツに入学すれば寮暮らしになって、寮が例え違っても毎日学校で会えた。私はリアンダーと一緒にそこへ通えるのが嬉しくて、毎日のように彼に付きまとった。友人なんて要らなかったし、私にとって重要なのはリアンダーだけだった。でもリアンダーは相変わらずで、たびたび私に眉を顰めて顔を歪める。そしてついに、私は彼に突き放されたのだ。

 自分でも必死になりすぎて鬱陶しいことをしたと思う。これでは全然彼に相応しい淑女になんてなれていない。淑女はもっと大人しくて優雅なものだ。今の私には程遠い。

 それで私はリアンダーに付きまとうのをやめた。せめてもう彼に嫌われないように距離を置くことを選んだのだ。そしてせめて彼に相応しい許嫁であろうと、私は学校内で大人しくすることにした。一人で本に読みふけって、決して勉学を怠らず、何処に出されても恥ずかしくないように努力を続けた。そしたらきっと、きっと振り向いてくれると信じて。

 けれど本当は気づいていた。彼はもうきっと私に振り向かない。この恋は私の一方通行で終わるのだと確信していた。そして今にも切れてしまいそうな親の口約束で出来た許嫁という関係に縋りついて、私は今日も遠くから友人と笑い合うリアンダーを眺めた。いつかまたその眼差しが私に向いてくれることを願って。私は彼に背中を向けた。


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