第三話
赤い特攻服を着こんだ集団に囲まれた場所で、オレは壁に背中を預けながらぼんやりと携帯を見つめていた。いつもなら、小兎姫と再会して以来、この時間は小兎姫を家まで送っている時間だ。でも今日は天竺の集団があって、小兎姫を会うことが出来なかった。その知らせをメールですれば小兎姫は、気にしないで、と返信を送ってくる。これは小兎姫の本音だろうが、振り向かせるためにもなるべく長く一緒の時間を過ごしたいオレにとっては一大事だった。でも小兎姫と同じくらいイザナが率いる天竺も大事で、容量の悪いオレはなんとも微妙な気持ちでいた。
携帯をしまってぼんやりと火が沈み始めた空を眺める。きっと今頃、小兎姫は一人で歩いて帰っているんだろうな。そんなことを考えていると、求めていた声が突然降ってきた。
「斑目くん……?」
「は……?」
最初は幻聴かと思った。素っ頓狂な声が出て、目を見張って声の下法を振り向けば、そこにはさっきから思い浮かべていた小兎姫が制服の姿で立っていて、オレはぎょっとした。
「はっ!? ちょ、おまっ!!」
オレの声に天竺のメンバーが数人こちらを見てくる。そのせいで小兎姫のことも認識されてしまって、オレは急いで小兎姫のもとに向かって姿を隠すように前に立った。そうして呑気に見上げてくる小兎姫の肩を掴んで動揺のまま問い詰める。
「なんでいんのっ!?」
「え、えっと……見たことある赤い服を着た人たちを見つけて、それで……」
「危ねぇから来んな! マジで! ホント!!」
知っている服着た奴を見かけたからって付いて行くなんてあるか! オレがなにしてるかも知ってるだろ!
でも此処でそんなことを言ってしまっても仕方がない。正直に言えば、今日は会えないと思っていたから会えて凄い嬉しいし、オレが来てた特攻服を見かけてオレを思い出してくれたのも凄い嬉しい。でも此処には危ない奴が多いし、普通の小兎姫を巻き込みたくはなかった。
そんなオレの焦り具合を見たせいか、小兎姫は申し訳なさそうに眉根を下げて頬を指で掻いた。
「ごめんね、なんか……」
「あ、いや……」
落ち込む小兎姫にオレはさっきまでの勢いを潜めてしまう。そうしてあー、とか、うー、とか唸って、ガシガシと頭を掻いて、改めて小兎姫に向き合った。
「オレは、会えて嬉しいっつーか……でもマジで危ねぇから」
すると一瞬目を丸くした小兎姫が少し恥ずかしそうにしながら顔を俯かせた。その仕草に恥ずかしさが伝播して、オレまで小恥ずかしくなってしまう。そのせいで沈黙が流れて居心地が悪くなっていくから、オレは慌てて次の言葉を紡いだ。
「あー……送ってくから、ちょっと待っ……」
「あ? 誰だその女?」
「げっ! 灰谷……」
その時、同じく天竺の幹部である灰谷兄弟がオレたちの方へやって来て、オレは思わず顔を歪めた。天竺の中で一番小兎姫に会わせたくない、そして小兎姫の存在を知られたくない灰谷に見つかってしまい、オレは咄嗟に小兎姫を庇うように自分の背中で隠した。でもそんなことをしてももう遅いし、オレが庇うような仕草をしてしまったから余計に灰谷の意識を小兎姫にやってしまった。
「獅音の女?」
「え、獅音センパイってヨメいたんすか?」
「来んじゃねぇ! あっち行ってろ!!」
じっと小兎姫を見下ろして蘭が首を傾げる。それに続いて竜胆が興味津々にこちらを見てくるから、シッシッ、と犬を追い払うような手つきで向こうへ追いやろうとする。でも灰谷は退かずに、蘭は品定めをするような目つきで小兎姫を見つめてくる。
「へぇ……ふぅん……?」
じっと舐めるような目つきで見下ろしてくる蘭の視線に怖気づいたのか、小兎姫は肩を竦めて身体を小さくしながらオレの背中に隠れるように身を潜めた。それを視界の端で捉えたオレは、自分を頼ってくれることに嬉しく思ってしまった。けど今は浮かれている場合じゃない。
「見んじゃねぇ! 怖がってんだろ!!」
「はは! 獅音おもしろ〜」
「クソッ、一番見られたくねぇのに限って……」
そりゃあ小兎姫からしたら怖いだろう。だから後ろに隠れる小兎姫を守るようにオレは前に出て蘭を睨みつけた。それを面白い玩具でも見つけたようにニヤニヤと笑う蘭は本当に質が悪い。
「とにかく!! オレはこいつ送ってくからイザナに言っとけよ!」
「了解っす」
「じゃあね〜」
自分の身体で小兎姫を隠しつつ、外へ促す。後ろで蘭は相変わらずニヤニヤ笑ってるし、竜胆も興味なさそうにしつつも視線は小兎姫に向いている。それを警戒しながら、オレは急いで小兎姫を連れてこの場を後にした。
天竺が集まっていた場所から少し歩いた頃。周りを警戒しながら歩いて、天竺のメンバーや他の暴走族などがいないことを確認する。そうして安全そうだと分かると、心の底から安堵のため息が溢れ出した。なんだかどっと疲れた気分だ。
「はあ……」
「本当、ごめんね」
「あ? 良いって。会いたかったのは事実だし……」
オレのため息に申し訳なさそうにする小兎姫。顔を俯かせて、なんだかしゅんと肩を落としている。そんな小兎姫に、オレはそう言った。迷惑ってほどでも無いし、事実オレは小兎姫に会えて嬉しかった。そう伝えれば、落ち込んでいた小兎姫も、眉根を下げてはいたがなんとか笑ってくれた。
「でも、マジで女一人だと危ねぇから、今後は来んなよ?」
「うん」
改めて忠告すれば、小兎姫ははっきりと頷く。小兎姫自身も今回は軽率なことをしてしまったと自覚していたらしい。それならこれ以上言うつもりも無いし、そもそも責めるつもりもなかった。
暗い空気を切り替えるように「じゃあ、帰るか」と声を掛ければ、小兎姫はいつものように微笑んで頷いてくれる。そうしてお預けにされていた小兎姫との時間をオレは今度こそ楽しむことにした。
「その、あらためて見ると、特攻服って言うの? カッコいいいね」
「っ、マジで!?」
他愛ない会話をして歩いていると、ふと小兎姫がそう言った。その言葉にオレは敏感に反応して、ぱあっと表情を明るくする。すると小兎姫はふふっと笑って、改めて頷く。
「うん。赤が映えてカッコいいと思う。似合ってるね」
「ま、まあオレだからな! 似合って当然だろ!」
ふふん、と鼻を鳴らす。オレもイザナが作ったこの特攻服を気に入っているし、きっと今までで一番に合っている違いない。加えて小兎姫が褒めてくれたのもあって、この時のオレは自分で自覚するほど有頂天だった。そんなオレを微笑ましく見ながら小兎姫はうんうんと頷く。
「背中もカッコいいね」
「だろ! デザインしたのはイザナなんだぜ!」
それからの帰路はずっと特攻服の話をしていた。チームの天竺の話もしたりして、小兎姫にとってはあまり面白くないだろうに、小兎姫は黙ってオレの話に耳を傾けてくれた。それは昔の時のようで、オレは楽しくて夢中で話し続ける。そんなことをしていれば、いつもより距離のあった帰路でもあっという間に見慣れた道に来てとうとう小兎姫の家まで着いてしまった。話したりない気持ちもあったが、会えないはずだったのに会えたことに今日は我慢して、オレは素直に小兎姫を見送ることを決める。
「じゃあ、またな」
「うん」
手を振って、また今度、と言って別れる。再開してから何度もしたこの流れにオレも慣れて来て、初めのころようなむず痒さは感じなくなっていた。そうして踵を返そうとした時、背後から「斑目くん」と呼ばれた。その声に引き留められて後ろを振り向けば、小兎姫が玄関から顔を覗かせてオレを見ていた。
「今日、会えてよかった」
そう言ってくしゃりと幼い顔で笑う小兎姫に、オレの心臓はドキリと鼓動を打つ。
「……お、おう」
なんだか、むず痒い。挙動不審になりながらも頷けば、小兎姫は笑って、改めてじゃあね、と言ってから玄関の戸を閉めた。
オレはそれを見送ってから止めていた足を動かしていた道を戻って行く。ポリポリと熱の籠った頬を指で掻いて歩くオレは、きっと情けない顔をしていただろう。だってきゅっと口を噤んでおかないと、にやけてしまいそうだったんだから。