「アルスラーンが、行方不明……?」
スーリの部屋で、目の前で跪くサームと端にいる侍女が数名。
サームの言葉にスーリ酷く動揺し、目を見開かせた。
「はい…。殿下と王、そして万騎長マルズバーンたち共に行方知れずです…」
「そんな…」
スーリは額に手を当て、よろける体を椅子に預けた。
「姫様!」
侍女たちが慌ててスーリに近寄り、サームも思わず立ち上がり手を伸ばしたが、その手を下ろし話を続けた。
「…城外にはルシタニア兵がおります。城外と言っても、危険です故おひとりにならぬよう」
「…えぇ。ありがとう、サーム」
「…いえ。私はこれで」
サームは一例をすると音をたてぬよう静かに扉を閉め部屋を出ていった。
動揺する自分を落ち着かせるため、一人になりたいスーリは侍女たちに下がるよう伝え、しばらくの間部屋にこもった。
しかし、城外が一段と騒がしくなり城内も慌ただしい。
部屋を出てかけていく兵士に事情を聴く。
「何事です」
「姫様! それが、シャプール様が…!!」
スーリは急いでこの城から一番外の見渡せる場所へ向かい、城外を見つめる。
すると、思わず口元を手で覆った。
万騎長のシャプールが、身体の至る箇所から血を流し、瀕死の状態でありつつも木の柱に括りつけられていたのだ。
シャプール、と小さく呟いた時、そのシャプールの隣に立っている男が大声を出す。
「聞け! 城中の神を恐れぬ異教徒共よ!! わしは唯一絶対の神イアルダボードにお仕えする聖職者、大司教にして異端審問官たるボダンだ!! 神のご意思を汝ら異教徒共に伝えるためにここにおる!! この異教徒の肉体をもってそれを伝えるのだ!!」
形容しがたい怒りと動揺、悲しみがスーリを襲った。
口元を覆った指がかすかにふるえる。
「まず! こやつの左足の小指を斬り落とす! ついで薬指! 中指! 左足が終わったら次は右足! さらに次は手だ! 神に逆らう者の末路を城内の異教徒共に思い知らせてやろうぞ!!」
その時、シャプールがボダンに向けて何かを言ったらしい。ボダンはみるみる怒りで顔を真っ赤にすると、持っていた棒でシャプールを殴った。
何度も何度も殴る。
「エクバターナの人々よ!! 俺のことを思ってくれるなら、俺を矢で射殺してくれ!! どうせ俺は助からぬ。ルシタニアの蛮人になぶり殺されるより、味方の矢で死にたい!!」
シャプールの切願の声に、兵たちは次々と、シャプール様をお助けしろ!と声を上げ矢を放っている。
助けられるものなら助けたい。
しかし、それは無茶なことだ。
どうすることもできない自分の不甲斐なさに、スーリは自分に嫌悪した。
「だ、誰だ…?!」
「あの距離で、どうやって?!」
兵士たちの声に、スーリは目を再び向けるとフードを被った男が屋根の上で弓を構えていた。
それを下したことから、もう射おわったことがわかる。
どうやらあの男がシャプールを射ったらしい。
「姫様」
振り向くと一人の侍女が跪いていた。
大方のことはわかっている。
「タハミーネ様が謁見室へ来るようにと」
「…今行くわ」
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