とある王子と姫君の出会い




パルス歴三〇三年。スーリ、三歳と十一ヵ月半ば。ヒルメス、十歳。
お互いが歳を一つ積む、直前の事。


ある日、ヒルメスは一人で剣の稽古をしていた。
稽古は基本バフマンと行うが、それだけでは気分が足らない日、ヒルメスはよく一人で稽古をしている。

今日もいつもと同じよう、剣をふるっていた。剣が空気を切る音が聞こえる。

ふと、その時に風が靡いた。すると視界の隅に何かを捕らえた。
人……だというのは認識した。


「そこにいるのは誰だ。迷子か」

「っ!」


振り返りながら言葉を強く放つと、そこには自分と幾つも年下な娘がいた。
雪のような白い肌に、銀の髪。それによく映える紫の瞳と、同じ色をしたドレス。
幼いというのに、それは大人びて見えた。

よく見ると、その娘は両手で一冊の分厚い本を抱えていた。

歳に似合わないものを持つ。
それがヒルメスの率直な感想だった。


娘にヒルメスが歩み寄ると、娘は慌てその額に汗がにじんだ。
しかし瞳を逸らすことなく、少し怯えた様子でこちらの顔色を窺うように見る。

何処かの貴族の娘か?

最初はそう思ったものの、最近に叔父上であるアンドラゴラスが幼い姫君を人質として連れ帰ったことを思い出す。


「あぁ、叔父上が連れ帰った姫か……お前、名は」


娘は肩をビクリと跳ねらせる。
そしてゆっくりと唇を開き、たどたどしいパルス語で言った。


「スーリ、です……」


声は小さかったが、聞こえないほどではない。


「スーリか。俺はオスロエス王の子、ヒルメスだ。部屋まで連れて行こう」


稽古は終える予定だったので、丁度いいとヒルメスはそう言った。
部屋までの道のりをヒルメスは歩き出す。歩幅の合わないスーリは、足早でそれについていこうとする。

首を少し向け、後ろを見ると駆け足のスーリを見てヒルメスは歩調を少しばかり遅くした。
ドレスの裾を持ってついてくるスーリが、転んでしまいそうだったからだ。


「お主、あんなところで何をしていた?」


前を見ながらヒルメスは問いかける。
スーリは懸命にパルス語で応じた。


「中庭で本を読んでいて、部屋までの道を、迷ってしまい……」


どうやら、本当に迷子だったらしい。

迷子と言う確信もなく連れてきたヒルメスだが、スーリは本当に迷っていたらしい。
それも仕方ないだろう、とヒルメスは思う。
なんせ、彼女がここにきてまだ一ヵ月もたっていないのだ。


「外出の許可は出ているのか」

「は、はい。オスロエス様から、決められた範囲内でのみ、許可されました」

「そうか」


父上が許したのなら、別にいいだろう。

ヒルメスは歩きながら言葉を続けた。


「お主、年は幾つだ」


たどたどしいが、しっかりとパルス語を話す幼子。ズィーロ公国は故国の言葉がある。公用語のパルス語も、故国内では外交がない限り使わないだろう。
ましてや、目の前の娘は幼すぎる。


「三つでございます」

「七つ違いか……」

「え?」

「い、いや。……それで、その本を読むのか……」

「……? はい」


ヒルメスは驚きを通り越し、ぎょっとした。

自分が三つの時の記憶はほぼないに等しいが、とりあえず、今目の前にいる娘とは明らかに違っていた。それだけは理解できる。
たった三つの歳で、その分厚い本を読み、公用語と故国語を使い分ける。

この娘はいったいなんだ……?

ヒルメスは素直にそう思った。


「此処がお前の部屋だろう」


たどり着いた部屋を指さし、付いてきたスーリに目を向ける。
そして、やはり思う。

目の前にいる娘、スーリは間違いなく三つだろう。しかし、それにしては容姿やその能力は並はずれている。才能と言ってもいい。


「ありがとうございます、ヒルメス様」


そんなヒルメスの内心も知らず、スーリは微笑んで一例をし、ヒルメスに礼を告げた。
そのまま部屋に入り、再び頭を下げその扉を閉めた。


この後、運命の悪戯か、はたまた神々の悪戯か、彼らは幾度も偶然の出会いを繰り返した。



* * *



ヒルメスとスーリが出会いを果たして、数日後のこと。

その日も太陽が温かい、心地いい日だった。


スーリはまた本を抱え、中庭へ向かおうとしていた。相変わらず、その本は分厚い。
丁度スーリが部屋を出ていく瞬間を偶然見たヒルメスは、歩き出してしまうスーリを呼び止めた。


「おい!」

「ヒルメス、様……?」


声に反応したスーリは後ろを振り返る。
ヒルメスは止まったスーリに歩み寄り、身長が小さいスーリを見下ろす。


「何処へ行く。この間、迷子になったばかりだろう」

「大丈夫、です。この間、侍女の方に詳しく聞きましたから」


相変わらず、たどたどしいパルス語でニッコリとしたスーリは言う。


「……で、何処で何をしに行くんだ?」


吐かれた息と共に出された言葉。
スーリは丁寧に答えていく。


「中庭で本を読みに」

「本……?」


そしてスーリが両手で持っている本に目を移す。
相変わらず分厚いが、この間にみたホントは違い、また別の本となっていた。


「この前とは違うものだな」

「はい。読み終わってしまったので」

「もう読んだのか!?」


あれほど分厚ければ、大人だってそう簡単に読み終えるはずがない。いや、もしかしたら、本を読む以外することがないのかもしれない。
それとも、ただ単にこの娘が並はずれているのか……?

ヒルメスは驚愕した。
不思議そうに首をかしげるスーリに、冷静さを装いながらヒルメスは問いかける。


「……ちなみに、本の内容はなんだ」

「前回のはこの国の歴史、今回は地理学です」


いわゆる専門書だ。

おかしい……。やはり、この娘は他の者とは違う。並はずれたものを持っている。
ヒルメスが心の中でそう呟いていると、スーリは楽しそうに本について語りだした。


「やはり、この国には多くの本が存在する。すべてパルス語だけど、パルス語を勉強するにはうってつけです」


人質として連れてこられたというのに、まるで此処に来れて嬉しいという口ぶりだ。
饒舌になったスーリは、このパルスと言う国を肯定した。この国に、侵略された一国の姫がだ。

ヒルメスは不思議に思いながら、嬉しそうに笑うスーリを見つめる。


「お主、学ぶことが好きなのか」

「はい。知識が増えるとは、喜ばしいもの。いつか私を強くし、他人の助けにもなるでしょう」


先を見据える幼い姫は、そう笑うのだった。
それが、一度目の偶然だった――。


それから何度か会うが、いつでもスーリは本を読んでいた。本を持たない姿を見たことがない、と言うほどだ。
しかし、ここ最近は本を持っていなかったのである。

スーリの世話係をしている侍女に聞いたところ、与えられた本はすべて読み終えてしまったとか。
本を追加しないのかと聞くと、書斎への出入りはまだ与えられていないらしい。

それを知ったヒルメスは書斎へ向かい、多くの本を呆然と眺めた。

ヒルメスはスーリに本を与えてやろうとしたのだ。だが、スーリの知識、頭脳はいまだ計り知れず。
一体どの本がいいのだろう、とヒルメスは頭を悩ませた。
悩ませた結果、持ち出したのは専門書と童話。幼いことに変わりないのだから、童話も好きだろうというヒルメスの考えだ。



「ほら……」

「え?」


早々とスーリの部屋へ訪れ、出てきたスーリに差し出す。
スーリはいきなりのことに対処しきれていない。


「本をすべて読み終えたと聞いた。お前は、学ぶのが好きなのだろう? ……さっさと受け取れ」


照れくさそうに、ヒルメスはそっぽを向いて言う。
スーリは本とヒルメスを交代に見た後、その本を受け取った。童話をみたスーリは呟く。


「童話……」

「お主の趣味は知らん。だが、お前はまだ三つだ。幼いのだから子供らしく、そういったものをよむべきだ」


腕を組み、自分の考えを告げる。
ヒルメスの言葉に目を見開いたスーリが、ポツリと言葉を零した。


「童話は、読んだことがありません」


たどたどしさのなくなった、しっかりとしたパルス語。
ヒルメスがそういうスーリに目を向けたとき、スーリは恥ずかしそうにしていた。


「私を子供だと言い、扱う人はそういなかったので」


だから嬉しい。と、スーリは笑うのだった。


「ありがとうございます、ヒルメス様」

「……あぁ」



あとになって、ヒルメスはスーリについて知ることとなった。

スーリという幼い姫は早くに王と王妃である両親を失い、実質的には女王と言う立場にいたこと。
その立場に立てた理由は二つ。

一つは、ズィーロ公国は平等を謳う国であるため、女人を差別しないこと。
一つは、スーリが聡明であったこと。

スーリの祖国ズィーロ公国で、彼女は聡明と名高かったそうだ。それは少しばかりだが、隣国まで伝わっていたらしい。
そして国民はそんなスーリを褒め称え、崇め、統治を任していたらしい。


ヒルメスは思う。
たとえ聡明だったとしても、まだ幼い子供なのだ。国民は、子供であるスーリを殺しているのではないか。

しかし、それは一つの解釈であって真実ではない。
そうだとわかっていても、ヒルメスのもやもやとした気持ちは暫く彼の心に残った。



* * *



それから、ヒルメスは何かとスーリを気に掛けるようになった。
毎日ではないにしろ、ちょくちょくとスーリの部屋へヒルメスは尋ねに言った。


そんなある日、ヒルメスはいつもの会話のように「まだ三つだから」と言ったその時、スーリはもう四つになったと言った。
いつの間にか、知らぬうちにスーリは一つ歳を取ったらしい。
そういうヒルメスもまた、一つ歳をとっていた。

その事実を告げられた時、ヒルメスは何故言わなかったと問い詰めたが、考えてみればいちいち報告する義務もないのだ。
それでもヒルメスは少しばかり、不満だった。


四つになったことを知ると、ヒルメスはせっかくだから何か贈ろうと考えた。

スーリが好きなものを考えていくが、一番はやはり本だ。しかし、それでは味気ない。
そう思い考えるが、学ぶことが好きなスーリは大抵なんでも喜ぶ。知らないものであればなおさらだ。

いろいろと思案していると、ふとスーリの外見にとまった。
スーリの顔立ちは大人びていて、とても美しい。ドレスもそれに見合ったものだ。だが、そういえば装飾品がみられない。

大抵、王族貴族は宝石やらやたら豪華なもので着飾るが、スーリはそういったものを付けていなかった。

そこでヒルメスはスーリにアクセサリーを贈ることにした。


さて、アクセサリーにしても何を贈ろうか。

首飾りや腕輪、指輪、耳飾り、髪飾り。いろいろな種類がある。
そして色なども大切になってくる。

長い間考えた結果、贈ることにしたのは耳飾りだった。
そして次は色だ。

最初、ヒルメスは瞳と同じ紫と考えたが、ドレスと同じ色ではつまらない。
すると、紫に合う色を考え、無難に金と決めた。

決めればあとは早い。
早々と買いに行き、スーリに贈ろうとヒルメスは足早になった。





「これは……?」

「いいから開けてみろ」


ヒルメスは目当てのものを手に入れると、さっそくスーリに贈った。
上品な箱を渡されたスーリは、不思議そうに首を傾げた。

ヒルメスに言われた通り箱を開けてみると、そこには上品な金色の耳飾りが入っていた。
色だけ見れば派手だが、宝石の飾りはなく、シンプルでいいものだった。掘られた模様がまた味を出していて良い。


「四つになったのだろう? 大したものではないが、贈り物だ」


スーリは嬉しそうに耳飾りを見ては微笑む。
スーリの姿を見て、ヒルメスも嬉しく感じ微笑する。


「嬉しいです、ヒルメス様。この贈り物も、私のことを気にかけてくれたことも、全部、嬉しいです!」


スーリがパルスに来て、こんなにも満面な笑みをしたのは多分、これが初めてであろう。
ヒルメスはそれを見て目を瞬かせ、よかったと嬉しそうに笑い返した。


「お主が喜んでくれて、何よりだ」


そう言って、ヒルメスはスーリの頭を撫でた。


「ヒルメス様、もし、よければ……」


スーリは途中で言葉を切ってしまった。
すると恥ずかしそうにもじもじとする。


「なんだ? 言ってみろ」

「もし、よければ……『お兄様』と呼んでもいいでしょうか?」


それにヒルメスは驚く。
スーリは続けて言う。自分には兄弟がいなく、兄のような人もいない。その中で唯一、ヒルメスが自分を気にかけてくれたと。

そう言われてしまえば、ヒルメスも断れない。
しかし、ヒルメスも自分を兄として慕おうとするスーリに嬉しく思い、快くそれを受け入れた。


「あぁ。お主の好きにするがいい」

「はい、兄さま!」



その日から毎日のように、ヒルメスはスーリのもとに通うようになった。

きっと、この出来事が、もしくはそれ以前からヒルメスはスーリのことが好きだったのだろう。
そして同じくスーリも、ヒルメスのことが好きになった。

それを自覚するのはもう少し後だが、とある王子と姫君は確かに――恋をしていたのだった。


とある王子と姫君の出会い End.


-50-


prev
BACK
next


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -